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刀を捨てた男と刀を持たない男  作者: カトーSOS


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千葉道場

挿絵(By みてみん)


 第一話 千葉道場

  

 その朝、坂本龍馬が千葉道場へ顔を出すと、見慣れない男がいた。


 若い男だった。


 着物姿ではあるが、どこか妙だった。


 道場の隅には、見たことのない形の袋が置いてある。


 男は木刀を持っていた。


 門人の一人と向かい合っている。


 龍馬は足を止めた。


「……誰じゃ、あれ」


「旅の者だそうです」


 近くにいた門人が答えた。


「前もって話を通してきまして。謝礼もきちんと置いていきました」


「ほう」


「いろんな道場を回ってるそうですよ」


 龍馬は男へ視線を戻した。


 礼儀はあるらしい。


 道場破りというわけでもない。


 だが――。


「ありゃ、剣術かのお?」


 妙だった。


 相手が上段から木刀を振り下ろす。


 男は受けなかった。


 すっと斜め前へ出る。


 すれ違う。


 そのまま木刀の先を相手の首へ添えた。


 斬らない。


 剣先を顎の下へ滑らせる。


 そして、軽く持ち上げた。


「うわっ!」


 門人の身体が反った。


 踵が浮く。


 次の瞬間、そのまま後ろへ倒れた。


 どん。


 龍馬が目を細めた。


「……なんじゃ、ありゃ」


 男は倒れた門人へ手を差し出している。


「すみません」


「いや……今の、なんだ?」


「んー」


 男は少し考えた。


「投げただけです」


「剣で?」


「まあ、そうですね」


 龍馬は思わず笑った。


「斬るんじゃのうて……剣で投げちゅうがか」


 男がこちらを向いた。


 目が合う。


「ああ」


 男は楽しそうに笑った。


「そんな感じです」


 なんじゃ、こいつ。


 龍馬はますます興味を持った。


「龍さん」


 門人の一人が声をかける。


「あの人、さっきから強い人はいないかって聞いてますよ」


「強い人?」


「ええ」


「道場破りか?」


「本人は違うって言ってます」


 龍馬はもう一度、男を見る。


 男もちょうどこちらを見ていた。


 視線が合うと、まるで待っていたかのように近づいてくる。


「強い人ですか?」


 いきなり聞かれた。


 龍馬は眉を上げる。


「なんじゃ、おまん」


「あ、すみません」


 男は慌てて頭を下げた。


「朝倉直人です。今日は稽古させてもらってます」


「朝倉直人」


「はい」


 そして、また龍馬を見る。


「強いですか?」


「おまん、初対面の人間に聞くことか」


「いや、だって」


 直人は木刀を肩に担いだ。


「強い人とやりたいので」


「……」


 妙な男だった。


 龍馬は少し笑う。


「まあ、そこそこじゃ」


 直人の目が輝いた。


「じゃあ、お願いします」


「すぐやるがか」


「せっかくなんで」


 龍馬は木刀を受け取った。


 二人が向かい合う。


 直人が構えた。


 龍馬はその構えを見る。


 やはり妙だ。


 剣術の形には見える。


 だが、どこか違う。


「よろしくお願いします」


「おう」


 直人が一歩出た。


 ――次の瞬間。


 乾いた音が道場に響いた。


 直人の木刀が宙を舞う。


 床へ落ちた。


 からん。


「一本」


 道場の誰かが言った。


 直人は動かなかった。


 自分の手を見る。


 床の木刀を見る。


 龍馬を見る。


 もう一度、木刀を見る。


「…………」


 龍馬は思わず聞いた。


「どうした?」


 直人が顔を上げた。


「すっ……すごい」


 目がきらきらしていた。


「……」


「今の、どうやったんですか?」


 完全に嬉しそうだった。


 龍馬は心の底から思った。


 ――気持ち悪いのぉ。


 直人は木刀を拾い上げた。


 しばらく眺める。


「やっぱり剣の時代の人には勝てないな」


「もうやめるがか?」


「いや」


 直人は木刀を道場の端へ置いた。


 そして龍馬の前へ戻ってくる。


 何も持っていない。


 龍馬が目を細めた。


「……無手か」


「はい」


 直人は両手を軽く下ろした。


「ボク、元々こっちなんです」


「ほう」


「今度は、もうちょっとマシだと思いますよ」


 龍馬が笑った。


「おもしろい」


 再び向かい合う。


 龍馬が木刀を構えた。


 直人は素手。


 普通なら勝負にもならない。


 龍馬が踏み込む。


 打ち下ろす。


 直人は逃げなかった。


 逆に半歩、前へ出た。


 当たる。


 龍馬がそう思った瞬間――。


 直人が消えた。


 いや。


 いた。


 龍馬の側面に。


「なっ――」


 首を引かれた。


 同時に、木刀を持つ腕も引き寄せられる。


 身体が崩れる。


 龍馬は逆らわなかった。


 崩された流れを、そのまま受け入れる。


 直人の腕が首の根元へ回る。


 喉元にかかる。


 その直前。


 龍馬は木刀の柄を、直人の脇腹へ叩き込んだ。


「ぐっ!」


 直人の顔が歪む。


 だが、止まらない。


 龍馬の身体が浮いた。


 どん!


 背中から床へ落ちる。


「いたたた……」


 直人は脇腹を押さえていた。


 龍馬はすぐに起き上がった。


 そして構え直す。


 直人が目を見開く。


「…………」


「どうした?」


 直人は脇腹を押さえたまま笑った。


「なんですか、あなた」


「なんじゃ?」


「化け物ですか?」


 龍馬は一瞬、きょとんとした。


 それから笑った。


「そりゃ、あんただってそうじゃろ!」


 その後も何度か打ち合った。


 最後に手を上げたのは直人だった。


「……ボクの負けですよ」


 龍馬が眉を上げる。


「わしは投げられたぞ」


「でも」


 直人は脇腹をさすった。


 そして軽く笑う。


「真剣なら、ボク死んでます」


「……」


「だから、ボクの負けです」


 龍馬は直人をしばらく見た。


 妙な男だった。


 変な剣を使う。


 素手で剣の間合いへ入る。


 投げた自分から、平気で負けを認める。


「おまん、おもしろいのう」


「そうですか?」


「名前、朝倉直人じゃったな」


「はい」


 直人が逆に尋ねる。


「あなたは?」


「坂本龍馬じゃ」


「坂本龍馬……」


 直人が黙る。


 龍馬は少し待った。


「……」


 直人は首をかしげた。


「どっかで聞いたことあるな」


「知らん」


「あ」


 直人が指を立てた。


「たしか、大政奉還とか……なんかそんな感じ?」


「たいせい……なんじゃ?」


「あれ?」


 直人はさらに首をかしげた。


「何やった人だっけな」


「おまん、わしに聞くな」


「まあ、いいや」


 直人は笑った。


「坂本くん、もう一回やりません?」


「坂本くん?」


「うん」


 龍馬は呆れたように笑った。


「ほんま、変なやつじゃのう」


 この日から。


 坂本龍馬のそばに、朝倉直人という妙な男が時々現れるようになった。


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