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月影夜半  作者: 夜半堂
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第8話 朔の正体

 朔という妖は、不思議な存在だった。


 気づけばいる。


 だが、気づかなければ存在すら曖昧になる。


 まるで夜風のような妖だった。


「また死にそうな顔してる」


 いつものように、朔は屋根の上へ寝転がっていた。


 夜半は溜息を吐く。


「お前は突然現れるな」


「夜半が考え込みすぎなんだよ」


 朔はけらけら笑う。


 細い体。


 少年の姿。


 金色がかった瞳。


 人懐っこい笑顔。


 だが。


 その気配は、人ではない。


 白妙は以前から気づいていた。


 朔は“普通の妖”ではない。


 なのに。


 なぜか夜半は、彼を斬らない。


 斬れない。


 それが不思議だった。


「ねえ、夜半」


 朔が空を見る。


「月、見えなくなってきたね」


 夜半も空を見上げた。


 九尾の妖気は、日に日に強くなっている。


 青白い狐火は都中へ広がり、怪異たちは狂い始めていた。


 結界は軋み。


 人も妖も疲弊している。


「このままじゃ都が壊れる」


 白妙が小さく呟く。


 清継は舌打ちした。


「だから九尾をぶっ潰すんだろ」


 だが。


 夜半だけは静かだった。


「……九尾だけではない気がする」


「は?」


「何かが、引っかかる」


 その時だった。


 空気が揺れる。


 ぞわり、と。


 巨大な妖気。


 都全体が震えた。


 狐火が空を覆う。


 怪異たちの咆哮が響く。


 そして。


 夜半の胸元に下げられていた守り石が、ぱきりと割れた。


 その瞬間。


 朔の表情が消える。


「……あーあ」


 静かな声だった。


 いつもの軽さがない。


 白妙が息を呑む。


「朔……?」


 朔は立ち上がる。


 夜風が吹く。


 その瞳が、月光を映して淡く光った。


「本当は、もう少し隠してたかったんだけどな」


 妖気が広がる。


 空気が変わる。


 清継が目を見開いた。


「おい、まさか……!」


 朔の背後。


 闇の中から、巨大な尾が現れる。


 一つ。


 二つ。


 三つ――。


 白妙の顔が青ざめた。


「九尾……!?」


 だが違う。


 朔は静かに首を振る。


「半分だけ、ね」


 その声はどこか寂しげだった。


「俺は“月守”」


 夜風が吹き抜ける。


「昔、九尾を封じるために生まれた妖だよ」


 夜半の目が揺れる。


 朔は笑った。


 けれどその笑顔は、初めて見るほど儚かった。


「だから俺、ずっと夜半の近くにいた」


「……なぜだ」


「君が鍵だから」


 静寂。


 雨の前のような重い空気。


 朔は夜半を真っ直ぐ見つめる。


「月影の力は、“境界”を斬れる」


 白妙が息を呑む。


 清継も黙っている。


「九尾を救うのも」


「都を救うのも」


「たぶん君しかできない」


 その時。


 空が裂けた。


 轟音。


 青白い炎が都を覆う。


 九尾の咆哮。


 怪異たちが一斉に暴れ始める。


 朔は空を見る。


 その横顔は、どこか悲しそうだった。


「……もう時間がない」


 次の瞬間。


 朔の身体が光へ変わる。


 金色の粒子。


 月光。


 そして。


 夜半の刀へ、吸い込まれるように消えていく。


「朔!!」


 白妙が叫ぶ。


 だが。


 もう姿はない。


 夜半の刀だけが、淡く輝いていた。


 そして刀身には。


 今までなかった紋様が浮かんでいる。


 月を抱く九尾の印。


 夜半は静かに刀を握る。


 その温もりだけが、まだ残っていた。


「……お前」


 低い声が漏れる。


 夜風が吹く。


 まるで誰かが笑ったように。


 都の夜は、ついに終焉へ近づき始めていた。

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