↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屠神録 ―白灰の領  作者: 卓哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/40

第五話 石の列

 朝のうちに、鴉(スス)は領を歩いた。


 家は塔を囲むように建っている。どの家も塔のほうへ入口を向けていた。畑もそうだった。畝が塔へ向かってまっすぐに切られている。日当たりを考えればもっとよい向きがあるはずだったが、誰もそうしていない。


 水路も塔から放射に伸びていた。中心から外へ流すのなら、水源が中心になければならない。塔の根元に泉があるとは聞かなかった。だが誰も、それをおかしいとは思っていないらしかった。


 道で会った者に、鴉は同じことを言った。


「塔まで行く道がある」


 最初の男は、手を振って通り過ぎた。二人目の女は、聞こえなかったふりをした。振り向きもせず、荷を抱え直して足を速めた。三人目は子どもで、口を開けたまま鴉を見て、それから走って逃げた。


 四人目の老人だけが立ち止まった。


「道は、ございません」


「昨日、人が入った」


「……昨日は、昨日でございます」


 老人はそう言って、荷を担ぎ直した。担ぎ直すのに手間取って、鴉が見ているあいだ、ずっと肩を動かしていた。


 塔に近づくにつれ、家が減った。畑も途切れた。土が硬くなり、草が短くなる。踏まれて短いのではなく、初めから伸びていない草だった。


 そして石があった。


 人の頭ほどの白い石が、間を置いて並んでいる。塔をぐるりと囲んでいるらしかった。柵ではない。跨げる。腰をかがめる必要もない。だが石と石のあいだの土には、足跡がひとつもなかった。


 鴉は並びに沿って歩いた。石と石の間隔は、どこも同じだった。大人が三歩で渡れる。誰かが測って据えたものだった。据えたあと、誰も動かしていない。


 石の内側に、塔が立っている。


 ここまで来ると、もう全体は見えない。首を反らしても上が終わらなかった。壁は白灰色で、継ぎ目がない。近くで見ても石には見えなかった。かといって土でも木でもない。日が当たっているのに、影の落ち方がどこか鈍い。


 高さのわりに、太くはなかった。大人が三十人も手を繋げば、囲めるだろう。


 昨日の裂け目は、ここからでは見えなかった。壁の曲がった向こうにあるのだろう。


 鴉は石のひとつに手を置いた。


「そこから先は」


 声がした。


 振り返ると、瘦せた男が立っていた。昨日、列の先頭にいた男だった。役所から来たらしく、袖に埃がついている。歩いてきた足音が聞こえなかった。それなりに気を遣って近づいたということだった。


「代官の巳戸(ミト)と申します」


 鴉は手を石に置いたままでいた。


「そこから先は、決まりで入れぬことになっております」


「誰が決めた」


「……そう決まっております」


 巳戸は鴉の手を見ていた。石に触れていることが気に障るらしかったが、退けろとは言わなかった。言えないのかもしれなかった。触るなという決まりがあるなら、そう言えばいい。言わないということは、そういう決まりがないということだった。


 誰も触らないので、決まりを作る必要がなかったのだろう。


「宿にお泊まりと伺いました」


「宿を取った」


「存じております」


 早い。着いた日の夕方に宿へ入って、今朝にはもう代官が把握している。誰かが知らせたのだろう。宿の主人か、番人か、あるいは道で会った四人のうちの誰かか。


「して、この領には、どのようなご用向きで」


 鴉は答えなかった。


 巳戸は答えを待った。待つあいだ、視線が鴉の腰へ下りた。長刀がある。それから顔へ戻った。


「女の身で、一人旅とは」


 言い方が変わった。用向きを聞いていたはずが、別のところへ移っていた。


「難儀なことでございましょう。この先の道はよくありません。冬は特に。宿場も少なく、追い剥ぎの噂もございます」


 鴉は何も言わなかった。


「お急ぎの旅でなければ、早めに発たれるのがよろしいかと存じます。雪が来ますと、峠が塞がります」


「塔は毎年伸びる」


 巳戸の口が閉じた。


「番人が言った。冬のはじめに測ると、去年より上にある。宿の主人も言った。窓の桟より上になったと」


 鴉は石から手を離した。


「何年ぶんある」


 巳戸は動かなかった。


 顔は変わらない。まばたきの数も変わらなかった。ただ、袖の中で手が動いた。指を折ろうとして、途中でやめた動きだった。


「……そういうことは」


「決まっていないか」


「記録がございませんので」


 風が来た。石の並びを越えて、塔のほうへ抜けていく。草が短いので、風の通る音がしなかった。この場所には、鳴るものが何もなかった。


「お引き取りください」


 巳戸が言った。今度は敬語のまま、声だけが硬くなっていた。


「ここは見物の場所ではありません」


 鴉は塔をもう一度見上げた。それから背を向けて、来た道を戻った。


 十歩ほど行って、振り返った。


 巳戸は動かずに立っていた。石の列のこちら側で、塔を背にして立っている。近づかないのだと、鴉は思った。あの男は、あの石より先へ行かない。役所から歩いてきて、ここで止まって、また役所へ帰る。それを何年も続けている足の運びだった。


 道を三十歩ほど戻ったところで、鴉は足を止めた。


 畑の縁に、若い女が立っていた。


 鴉を見ている。逃げるでも、目を伏せるでもなかった。この領へ入ってから、まともにこちらを見た者は初めてだった。


 目が合うと、女は動かなくなった。動かないまま、まだ見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。