↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屠神録 ―白灰の領  作者: 卓哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/40

第三十一話 知られている数

 三日目の朝、鴉(スス)は一人で塔へ入った。


 石の列に見張りはいなかった。代官が道を空けてから、誰も来なくなったらしい。裂け目の前の土に、足跡が残っていた。二日前の、二人ぶんの跡だった。


 雨が降っていないので、消えずに残っている。片方は小さい。娘のものだった。


 通路を上がって、広い場所に出た。


 頌(ショウ)は同じところにいた。同じ姿勢で、目を閉じている。鴉が窪みの縁まで来ると、目が開いた。


「お一人ですか」


「聞きに来た」


「あの方は」


「決めている途中だ」


 頌は少し首を動かした。


「お座りになりますか」


「いい」


 鴉は立ったままだった。


「聖種(せいしゅ)は何体いる」


 頌は答えなかった。


 沈黙が長かった。壁の音だけが鳴っていた。四百十一の重なりが、変わらず鳴り続けていた。


「お答えします」


 頌が言った。


「ただし、お答えしたら、この領をお出になってください」


「聞いてから決める」


「では、お答えできません」


 鴉は動かなかった。


「あんたは死にたいはずだ」


「それは申し上げません」


「三百年、眠っていない」


「それも申し上げました。申し上げましたが、それは理由になりません」


 頌は目を伏せた。


「あなたに去っていただきたいのです」


「なぜだ」


「あなたがいなければ、あの方は決めずに済みます」


 鴉は頌を見た。


「決めろと言ったのはあんただ」


「申しました」


 頌の声は変わらなかった。


「決めるなら、あの方が決めるべきです。それは変わりません。ですが、決めずに済むのなら、そのほうがよろしい。誰も殺さずに済むのなら、それがいちばんよろしい」


「四百十一が薄れてもか」


「薄れます。三百年、薄れてまいりました」


 頌は顔を上げた。


「わたしは、それを止める手立てを持ちません。持たないものについて、決める資格もありません」


 鴉は動かなかった。


「答えろ」


「お帰りにならないのですね」


「答えろ」


 頌はしばらく黙っていた。


 それから、話しはじめた。


「神は十二柱でした」


 鴉の目が動いた。


「みな死にました。いつ死んだのかは存じません。わたしが生まれるより、ずっと前です。死骸は各地に残っております。骨のようなものもあれば、肉のようなものもある。土に埋もれたものもあります」


「在り処が知れているのは」


「四つです」


 鴉は歌を思い出していた。二人目は村にいた。三人目は川にいた。四人目は、忘れた。


 あの老女は、意味を知らずに数を歌っていた。


「一つの死骸から、幾人でも生まれます」


 頌が言った。


「わたしが喰ったのは、そのうちの一つの、ごく一部です。指の先ほどの量でした。それだけで三百年、こうしております」


 鴉は動かなかった。


「死骸は減りません。喰われても、減った気配がない。わたしが喰った場所も、いまはもう塞がっていると聞いております」


「何体いる」


「数えられません」


 頌は言った。


「わたしが知っているのは十七体です。聞いたことのある数です。ですが、それは知られている数にすぎません。今この時にも、どこかで誰かが、死骸に手を伸ばしているかもしれない。飢えた者は、何でも口に入れます」


 鴉は聞いていた。


「終わりはあるか」


「ありません」


 頌は言った。


「殺しても、また生まれます。生まれた者が領を持ち、贄を受け、また誰かに殺される。そのあいだにも、新しい者が生まれる。三百年、そうでした。三百年より前も、そうだったはずです」


 鴉は何も言わなかった。


 立ったまま、動かなかった。顔も動かなかった。膝も、肩も、指も動かなかった。


 頌は待った。


 壁の音が鳴っていた。どれだけそうしていたのか、その音からは分からなかった。速くも遅くもならないので、時を測るものにはならない。


「ですから」


 頌が言った。


「お帰りください。あなたが何をなさっても、終わりはまいりません。四百十一人が死ぬだけです」


 鴉は動かなかった。


 それから、動いた。


 背を向けて、通路のほうへ歩き出した。三歩ほど行って、そこで止まった。


「明日また来る」


 鴉は言った。


 頌が顔を上げた。


「屠人(とじん)」


 鴉は振り返らなかった。


「あなたは、いくつ残っておられますか」


「三つ」


「……そうですか」


 頌の声が、少しだけ低くなった。


「三つですか」


 鴉は歩いていった。足音が通路の下へ消えて、それきり聞こえなくなった。


 広い場所に、頌だけが残った。


 目が閉じた。


 壁の音は変わらなかった。速くも遅くもならず、四百十一の重なりが、いつもと同じ調子で鳴りつづけていた。寒がっている者の音があった。数を数えている者の音があった。三百年、そう鳴っていた音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。