7【隠密 ミサト、アキマ】
なぜ、黄金の旅団は果物を忌み嫌い、彩果姫を悉く敵視するのか——その問いに答えたのはイヌメだった。
「黄金の旅団は、『大地信仰』の連中なのさ。
生み出される果物を天からの賜り物として、お姫さんと共に崇めるのが『彩果信仰』。より美味で、より魅力的な果実を実らせることができるのは、神からの恩恵をより忠実に体現できる選ばれた姫の証、そんな思想だ。
対して『大地信仰』は、苺と苹果の大戦以降に起こった新興宗教さ。お姫さんたちの、大地を肥沃にせしめる力のみが本当の神からの賜り物で、果物は本来食すべきではない悪魔の誘惑物として忌み嫌う。実際、果物を口にした者がどういうわけか苦しんだり、場合によっちゃ死んじまうことがあるからね。
いまの彩果姫を排除すれば、真の彩果姫が降臨して正しい世界が再構成される。その来たる黄金時代のために戦う同志……そんな思想さ。
とは言え、苹果の里みたいに馬鹿でかい里を相手取るほどの戦力は無い。だから勢力を増やしつつ、大きすぎない里を狙って襲ってる。それが原因で滅ぼされちまった里は、さっき言った通りだ。桜桃も今や、ここだけになっちまってる。
奴らは謎に包まれていて、牙城も拠点も分からんし、構成員の数もハッキリとは分かっちゃいない。ただ、それなりの数を抱えているはずだし練度も高い。
あと、かなりの強者がいる。ヤマトが追い込まれるほどのね。あたいも一度しか見てないが、それは八尺を超える巨漢で、ヤマト曰く刀で斬っても刺しても、びくともしなかったってね。まさに不死身の修羅……ついたあだ名は、一つ目猩々。奴は片目を失ってる」
「バケモンだった。人じゃねぇよありゃあ」
「そんなものが……まるで彩果の加護でも受けてるみたいじゃの」
「はは、黄金の旅団にまさか姫がいるってのかい?」
そんな時だ——どたどた走る音が迫る。
「姐さん開けるっすよ!」
サッ! と戸が開くと、血相を変えたノダジリ。
「なんだい、今はまだ話の——」
「鈴三回っす!」
「なに? 三回……マークしてる奴らじゃ無い誰かの侵入かい。ちっ、こんなときに。あんたたちは裏手から逃げな。おいノダジリ!」
「はいっす! さ、こっちっす!」
座敷を飛び出し、曲がって曲がって奥へ奥へ、回廊を小走りで進む。
「な、なんじゃ妾のせいか? 追っ手か?」
「さぁな、こいつらはもとより抱える敵が多いんだ。まだ分からねえ。ノダジリ、こりゃなんの騒ぎなんだ?」
「自分たちがマークしてるような商売敵や裏界隈の奴らじゃないみたいっすね。初めて見る出立ちの奴らが複数侵入してきたっぽいっす」
「俺たちの相手だったら、すまねぇな」
「何言ってんすか、ナめないでください。姐さんがいますし、平気っすよ!」
「まぁな……そうだろうが」
「なんじゃ、イヌメはそんな強いのか?」
「んまぁ、ある意味な」
⭐︎
目出しの頭巾に帯刀した黒装束が四人、忍者の様相だ。引き戸を壊し土間へ入り込むが、そこに立ちはだかるのはイヌメ。
「アンタら、ここに勝手に踏み入るとは良い度胸じゃあないか。いったいどこの差金だい」
「「……」」
(なんだこいつら、やはりただの賊じゃあないね。隙がないし、無駄な動きもしない。統率も取れてる。黄金の旅団の一味なのか? いやでもそれにしちゃあ、手段がおとなしすぎる。普通襲撃すんならもっと数が多いはずだし、仕掛けるなら夜だろうね。まだ日の入り近くだってのに……何かおかしいね)
すぐさまイヌメの仲間が八人、外から駆けつけて、刀を抜いて退路を塞ぐ。黒装束は仲間と目配せして、うち一人がイヌメの前に出るのだった。
「ここに、すもも色の髪をした年端いかぬ娘がいるな。命惜しくば引き渡せ」
敵意に満ちた男の声。
「なんのことだい? いるわけないだろ、あたいらは仲買い人さね。して、ここはお得意様向けの商談屋敷だよ? なに勘違いしてるか知らんけれど、とんだ迷惑さ。あんたらが壊した戸の修理代だけで丸くおさまると思うんじゃないよ」
なんて言葉運びをする中で、相手のわずかな動きを読み、誰がどういつ踏み込んでくるかを把握し始めるイヌメ。
(正面の男に気を取らせておいて、左斜め後ろが来るか。こいつはなんだ、短刀あるいはクナイか何かの飛び道具か? 死角になってて分からないね。まぁ、どっちみちあたいには関係ないが)
「この店を燃やしたくは無いだろ。正直に吐け、娘をどこへやった」
「だから知らないってんだろが物分かりの悪い奴らだね! んで、なんつった今? 燃やすなんてことしてみな、あんたらの命がここで燃え尽きるだけだよ」
(そろそろ来るね。生け取りにして聞き出してやろうじゃないか。もし有用な情報なら高値がつく)
イヌメの得物は鞭。革を編んでヘビ状に仕立てた特注品で、そのしなやかさと強度は高い。刃も通さぬ、頑丈な鞭であった。普段は着物の下、太腿に備え付けられているため見えることはない。
鞭を構えんとするイヌメ。同じタイミングで左後ろの敵も腰に手をかける。何かを握ったその仕草から、飛び道具だと判断したイヌメはすぐさま鞭でその武器を叩き落とそうとするのだが……そこで、予想外な事が起こる。
「な……っおい、冗談だろうッ!?」
——バチーンッ!!
なんと、右にいた敵の得物も同じ鞭だったのだ。からまった鞭では全く使い物にならず、両者それを捨てるのだが、そんなときだ——イヌメの背後に迫る人影。さっきの一瞬で宙をぐるりと高く跳び、イヌメの背後をとったもう一人であった。
「しまっ……!」
イヌメが脇差しを手にするには遅すぎた。
——バタンッ!
「く……っ!」
首に突き当てられるクナイの切先。イヌメの仲間たちも、動きを止めざるを得ない。
「「姐さんっ!」」
「動くんじゃねーっ! この女がどうなっても良いのかよ。俺の前にすぐに連れて来い!」
若く猛々しい女の声が響く。
しかし彼女は、イヌメの本当の力に気づいていない。女のクナイを握る腕が、ガチリと不意に何かに掴まれた。
「は……?」
実はイヌメ、関節を自由に外してしまう稀有な体質の持ち主。人が曲げることのできない方向へ自由に曲げてしまえるのだ。普通ではあり得ない角度の動きは、いくら手練れでも容易に防げない。
「舐めんじゃないよッ!!」
「なんだ——!?」
女の視界はぐるりと回る。
——バタンッッ!!
床に大きな音を立て、上下逆転。脇差しの柄でドンっと一撃、女は意識を失った。これがイヌメの真骨頂。
「「出たっ! 姐さんの蛸妖術!!」」
「誰がタコだコラッ! 妖術じゃないっつのに。イイからさっさとやっちまいなア!」
⭐︎
一方その頃、キヨウ達は裏手から逃げ出そうとしていたが、そこにも刺客が送り込まれていたのだった。
板塀の前で向かい合う両者。ヤマトとキヨウの前には、黒装束二人組。ノダジリはそのうち一人に、取り押さえられてしまっていた。
「その娘をこちらに渡せ。さもなくば、こやつの命は無い」
男の声。ヤマトはキヨウへ、手でもって少し下がれと合図した。
「兄さん……僕は良いですから、早く逃げ——」
言い終える前にヤマトは言い放つ。
「そいつの命なんざどーでもいい」
「エエー兄さんッ!?」
「それよりお前ら。こいつを狙ってるってことは——」
ヤマトが鞘を手に取り、揚々と肩に乗せる。
「……黄金の一味ってことか、アァ?」
一歩、また一歩。間合いをジリジリ詰めるヤマト。その尋常ならざる殺気の渦に、敵二人は生唾を飲んで見合わせる。
「動くなっ!! 本当にこいつを殺すぞ!」
「やれよ。やれるもんならな——」
それは一瞬。鞘におさまった刀を、相手の額目掛けて疾風の如く投げつけた。
「ウぐぁはッ……!」
鞘に収まった刀ごと投げ飛ばすなど、相手も予想だにしていなかったため、初動が遅れもろに攻撃を受けてしまったのだ。怯んだ男にぐいと迫ったヤマトは拳を一発。ギリギリで腕で受け身をするが、ヤマトはとんでもない腕力がある。防ぐことはできず、腕を割って拳は顎にぶち込まれる。
——バゴーンッ!!
威力そのままに板塀へ叩きつけられた男は、バタリと倒れ込んだ。
が、もう一人が予想外な行動をここで取ってくる。目の前で小さな袋を切り裂くと、ブワーッと宙に舞う粉塵。
「っ……なんだ!?」
あたりにもくもくと漂い、目や鼻に刺激を与えてくる。
(くそっ……しびれ粉か畜生、ぬかった)
その隙に敵はキヨウへ迫る。涙を流すヤマトは動きに気づくも、僅かに遅かった。
「しまっ……キヨウッ!」
迫る黒装束は、キヨウを攫おうとするがしかし、キヨウも無抵抗ではなかった。胴乱で、相手の股間目掛けて振り上げたのだ。
ズドンと一撃上がる悲鳴。
「きゃあぁーっ?!」
「んなっ……女じゃったのか! ならこっちじゃアーッ!」
すぐさま女の乳首を的確に狙い、ぐいとつねり上げた。
「ギャァアアッ!! ちょ痛い痛いッ! ちょっ、ああっ、ああふ……それ以上はだめえぇぇっっ!」
「堪忍しろ悪党……め?」
悶絶する女に、キヨウはその手を止めて引き攣った顔でそろりと離れる。女は感じ入ってその場に頽れた。
「な、なんじゃこいつっ……!」
(急所は鍛えようが無いと聞いたのに何故じゃ、こいつは平気なのか!?)
そこでヤマトがすかさず峰打ち。女は、快感を得た満足そうな顔のまま地面に転げた。
「なんだこの変態……しかもお前も、何やってんだ」
「シロカガから教えてもらった技が、効かなかったのじゃ……」
シロカガはいったいこいつに何を吹き込んでるんだと訝しむヤマト。
「いや、コイツの顔見ろよ効いてんだろ十分。喜びすぎて涎まみれになってんじゃねえか」
頭巾を外した顔は涅槃。しかしそこで、ある事実に驚愕せざるを得ないこととなる。
「おい、ヤマト待て。そんなバカな……」
「は……? なんだよ、どうした」
「この女、妾は知っておるんじゃ……梅の里シロカガ御三家が一人、ミサトじゃ」
「……それ本当か、顔分かんのかよ」
「うむ、間違いない。御三家のうち一つは、懐刀でハルナというのがおる。そのほか二つの家は、隠密じゃ。
妾の里に賊が攻めてきたことがあって、そのときに力を貸してくれたのがミサトとアキマ、二人の隠密じゃった。妾の前では、敬意を表すため頭巾を外しておったから見間違うことはない。それに、あの時も面妖な薬をいくらか持っておって、体の自由を奪っていたのを今になって思い出した……」
「黄金の一味じゃねえってことか、くそ……だが、梅の里の隠密が動いてるっつーことはなんだ」
里狩りで取り逃したキヨウに、シロカガが隠密を仕掛けてきたか。あるいはシロカガのあずかり知らぬところで、土地略奪を目論んだ家臣の蛮行か。
「そんなはず……なぜじゃ。シロカガが妾の里を? そんなのあり得ぬ……」
途方に暮れたように肩を落とすキヨウ。そこでノダジリが、縄で縛られた男を引き摺りながらヘトヘトになりやってくる。
「はぁ、はぁ……兄さーん酷いっすよ。僕のことそんな……てあれ? なんすかこの空気。え?」
キョロキョロと二人を見るノダジリ。
「はぁ……事情はあとで説明する。どうせ、イヌメの方も終わってんだろ。聞き出さなきゃいけねーことができた。ここじゃ目立っちまうから戻るぞ」
女の腰布を掴み、くの字に曲がった身体を造作なく引き摺るヤマト。
「え? あぁ、分かったっす」
「おいお前もさっさとこい。落ち込んでる場合か」
「うむ、分かった……」
こうして三人は、中へと戻るのだった。




