6【歴史 薔薇ノ國】
里閉め——なんらかの事情により里を一時的に封鎖し、交流を一切禁ずる措置。
外交的事情という場合もあれば、疫病あるいは彩果姫の新たな誕生、その他理由はさまざまに考えられ、ひと月程度であればさほど珍しい話ではない。しかし今回の場合、懸念すべきはある流行病の可能性であった。
「おいイヌメ、まさか黒網病か?」
「それは調査中だ。二日前のことさ。各方面に、里閉め通知が伝書鳩によってなされた。ひと月のうちは郊外市場(里の外に作られた市場)のみ開放すると。理由は、お姫さんの体調悪化。
まぁねぇ……もとより、あそこは姫に対して過敏に過剰に反応する里だもんで十分にあり得るだろ。過去には、お姫さんの風邪の拗らせ一つで、あるいは腐りかけの作物が混じって里内に納品されただけで、縁起が悪いと里閉めをした経緯もある。
ただ、今回も同様かは分からない。どこぞの里のようにお姫さんを隔離して保護、そのあとで何事もなかったかのように里開き。今年はただ収穫量が減っただけ……なんて調子良くも言うことは、よもやあの商売気質の里においちゃ無いだろうが、そこは人間だ。
だからちょうどさっき、そのための調査団を派遣してきたところだよ。まったく困っちまうよ、要らん仕事が増える。花梨はこれから先に一番の旬を迎えるってのに、あたいらの先物にも影響が出かねんからね。場合によっちゃ先手打っておかんとならない。
まともな情報が手に入るまでは最低七日ってとこだろう」
「ち。ここで待ってちゃ遅すぎんな、クソっ……」
「その、なんたら病とは何なのじゃ。そんな悪いものなのか?」
「はあ? 彩果姫なのに知らねーのかまったく。黒網病は、果物に出る感染症だ。一度出ると瞬く間に広まって、感染した果物は網目状に黒ずんでダメになっちまう」
(ああ、アミアミ病のことか。本当はそんな名前じゃったのだな)
イガワから居眠りを叱られつつ受けた座学を、ここで思い出すのだった。
「厄介なのは、人には影響ねーが……姫は例外ってことだ。感染すりゃ、顔に網目状の黒いアザが出てきて高熱にうなされる。これを治すには甲ヶ岳に生える龍の髭(とある植物の根っこ)を煎じて飲む必要があるが、それは冬にしか取れねーんだ。保存も効かねーし、取って二日でダメになる。だから市場じゃ出回らねえ。
つまり、もしいま黒網病にお前が感染したら、あと数ヶ月はトドのつまり何もできないってことだ」
「なっ……ではどうするのじゃ! このままでは立ち往生じゃぞ!」
「だーからッ、いま考えてんじゃねーかそれを!」
黒網病であれば近づくべきではないし、終息するまでひと月以上かかる可能性も大いにある。だが、本当に姫の体調によるもので、ひと月後に里開きをするのであれば、それまではなるべく足のつくようなことはしない方が良い。つまり、大きく移動するより近場で転々と里を回ったほうが安全だ。そんなことを、頭で考えていたヤマトを横目にイヌメは問う。
「ねえ、お姫さん。入国手形は、花梨の里の恐らく中心人物に繋がりを持つ者に手配できる筋があってのことだろうが。いったい、誰に会うように言われたんだい」
「トミウラじゃ」
「トミウラ……商人界隈じゃ聞かない名だね。こっち側のモンでも無さそうけれど。入国手形が手配できる筋なら大商人か、家臣でも上の方……トミウラっつーのは、どんな奴か知ってるのかい?」
「男か女かも分からぬのじゃ。ただ、城の者にこれを見せれば良いとイガワからは言われておった」
胸元から引っ張り出す革紐。ひょこりと出てくるペンダントは半透明で黄土色の勾玉だったのだが、それを見たイヌメは目の色を変えて声を荒げる。
「なっ……おいおいおいっ! うっ、嘘だろ……ちょちょ、ちょっとそれ近くで見ても良いかい?」
「構わぬぞ、ほれ」
首から外したそれを受け取ったイヌメは、携帯ルーペで角度を変えたり光に透かしたり、指で感触を確かめるように何度も触ったりしてすっかり夢中だ。
「なヤマト、そんな珍しいもんじゃったんかの?」
「知らね。工芸品ならともかく、石関係はサッパリだ。俺にも分かんねーよ。お前、あんなのまで持たされてたのか」
「あれは、イガワの物だが最後に渡されたんじゃ、逃げる時にな」
そこでイヌメは、ようやく口を開いた。
「……いやすまないね。ありがとうお姫さん、返しておくよ」
「何か分かったのか?」
「おかげさまでね。いいかい、それは簡単に人前で見せるんじゃないよ」
「どうしてじゃ?」
「それは蜜柑ノ國でしか取れない琥珀さ。とっても貴重なもんだ。喉から手が出るほど欲しがる奴はごまんといる」
「蜜柑ノ國……なぜじゃろう、イガワは行ったことが無いはずじゃが。どうしてそんなところの物が」
「蜜柑ノ國の柑橘王朝は、認めた相手に蜜柑の種が入った古代琥珀を贈る風習があるらしくてね。これは間違いなくそれだろう。
何がどうなって、あんたの守護士が持っていたのかは分からんし、どういう理由で出国手形を用立てる協力関係になってんのかも分からん。しかし、それを渡せば話が進むと言うならば、きっと花梨のお姫さん経由で渡った代物なんだろうさ。これだけの上物は、そういう身分のものでないと手に入れられんだろうからね。
まさかこんなとこでお目にかかるとは。闇市で出回るのは、良くて小爪程度のもんだし偽物も多い。このサイズでまして勾玉だ……きっと向こうの技術で加工されたものなんだね。眼福だよ、まったく。生きてりゃこういうこともあるんだねぇ、人間長生きするもんだ」
「なんだ? いつになくババくせぇ物言いだな」
「おいコラ誰が枯れた行き遅れババアだって? ぶち刺し殺して燃やすぞテメエ」
「や、そこまで言ってねえっ!」
役人繋がりで工面してもらう手筈でもあるのだろうとばかり思い込んでいたヤマトは、その手に持たれた勾玉をジッと見つめて一考する。
「へーえ、こんなのがなぁ……」
「む? いくらヤマトでも、やらんぞこれは」
首からかけて服の中へ。
「やいらねーよ。ただ……」
「ん……?」
「いや……なんでもねえ」
ここまで段取れる有能さに、ヤマトは少しの嫉妬心を持つのだった。
このあと、花梨までは最短経路をやめて迂回経路に変更、花梨の手前の枇杷の里に向かい、いったん調査結果をもらう手筈にまとまるのだった。
「——ところでよ、イヌメはどう思う。今回の一件」
「ふうむ……そうだねぇ。手元にある情報だけじゃ何とも言えないとこだよ。
ただ、李は立地がすこぶる良くもごく小さな里だ。黄金の旅団が狙ってきたのは、あんたも知っての通り茱萸に山桃。そして梨や桜桃の里における一部だった。李より栄えている里ばかりだ。そこにおいちゃ、疑問の余地が否めない。
だとするなら、よその里が裏で手引きして里狩りをしたとなるが……そうなりゃあ、相手は分からなくなっちまうね。恨みっつーのは、どこで買うか分からないから、逆恨みなんて言葉もあるわけで。ともすりゃ、里の規模によっては黄金の旅団と同じくらい厄介になるだろうさ。
ちなみに言えば、近年怪しい動きを見せているのは苹果・桃・梅あたりだ」
「待て、よもや梅の里が里狩りに一枚噛んでるとでも言うのか!? そんなはずはないっ、シロカガは妾の親友じゃ! そんな真似ができる人柄ではないぞ!」
「まぁ待ちなよ、誰もシロカガとは言ってないさね。ナンコウか、あるいはリュウキョウの里かもしれない。まだ詳細には把握できてないんだ」
「っ、そうか……」
「でもねお姫さん……あんたも理解は、しておかなくちゃいけないよ? 善意だけで暮らせる世の中には、まだなっちゃないんだ。昼と夜があるように、人の顔にも表と裏ってもんがあんのさ。あたいも表で仲買い、裏で汚れ仕事を受ける場合があるように。
酷なことを言うようだけれどね、現実問題これまで彩果姫は黄金の旅団とは関係無く、何人も殺されてきた。なぜだと思う?」
「……土地が狙いじゃったからか?」
「正解だ。しかし不正解。それだけじゃあない裏の事情ってのがそこで見えてくるわけさ。身内の裏切り……姫を売ったんだよ」
「な、そんなことっ……」
「姫を大事にする素振りを見せておきながら、裏で姫を排除しようと企む輩がいたってことだ。もちろん、全員が全員じゃあないよ? ただ、考えてみな。人気の出ない果物を置くより、人気のある美味しい果物を里に置きたいだろ? そうすれば交易も盛んになり、暮らしは豊かになる。馬鹿にされるチンケな果物を、誰が後生大事に育てたいと思う。苦労して育てるなら、そりゃあ売れるもんの方が良いと思うはずさ。裏切り者とどこぞの里の利害一致ってとこかね」
「妾の里はみな、妾を慕ってくれたぞ。李を褒めてくれたぞ。それなのに……」
「あんたの里を、どうこう言ってるわけじゃあないよ勘違いしないでおくれ。中には、ってだけさ。
そうさね……木苺の里は、その憂き目にあった良い例だろう。いま残ってる里ってのは、木苺という果物に対して忠誠を誓った民だけしか残ってない。だから、『他果絶食』——他の果物を一切口にしないという鉄の掟が存在してる」
「そうなのか……」
「つまり、何が言いたいのかって言うと……誰しも腹の中ってなぁ分かったもんじゃないって話さね。
家臣や民が、お姫さんの意図とは無関係に動いてる場合もあるだろう。反対に、お姫さんが利権の拡大を狙ってやっていることだってあるだろう。生産力向上は、共通の課題であり利益の要だ。
ところでお姫さん、いまいくつだい」
「ん? 十二になったばかりじゃが」
「そうかい、じゃああんたが生まれるより前の話になる。その時代の薔薇ノ國は、かなり荒れていた。木苺と少し似た果物で、苺ってもんがあったんだよ」
「妾も聞いたことがあるぞ。イガワから教わったんじゃが、木苺を大きくしたようなものじゃったとか」
「そうだ。だが、苺は樹にならない。木菓子として扱われる果物は、すべからく果樹に実るべきだとされる。だから苺においちゃ、たとえ甘くて果物のようであったとて、それは紛い物にしかならず異端、つまり悪とされた。
そこから争いが生まれ、苺の里と苹果の里の両者勢力は激しく争った。結果、苺側は大敗して壊滅……苹果ノ里が薔薇ノ國宗主里となって、多少は落ち着いてきた世の中じゃあるが、その苹果ですらも一枚岩じゃあない。
いろいろと複雑な動きが、裏にいるとよく分かってくるんだよ。綺麗な紙も裏から透かして見れば、不純物がごちゃごちゃ混じってるのがよく分かるようにね」
「安易にことを考えてはならぬのは分かった。じゃが妾の里は、みな優しかった。決して裏切るようなことはないはずじゃ。シロカガも、ちょっと抜けてはおるが決して悪いやつではなかった。親しみやすく、慎ましい者じゃった。妾は……それをなんと言われようとも信じておる」
「そうかい……まあシロカガは知らんけれど、李の里の連中は少なくとも、あんたを大事にしていただろうさ。あそこの連中、李の売り込みが恐ろしく下手だったからねえ」
「なんじゃ、イヌメは来たことがあったのか?」
「ああ、何回かはね。馬鹿正直に、酸っぱくて美味しくはないけど可愛いでしょお土産にどうですか、だとかなんだとか。そんなんばっかだったねあそこは。正直、商売には向いてなかったよ。ただ、好きな気持ちは伝わってきた」
「そうか……皆、そんなことをしていたのじゃな」
幼い頃からずっとキヨウの日常は教養学と護身訓練、李の管理であったため、自由な時間などほとんどなく、細かい民の事情というのはどうしても後回しになっていたのだ。
「あんまり深く考えても仕方がねぇ。イヌメも、俺と同じ考えで今回の件を見てることが分かっただけで十分だ」
「あまり固執するんじゃないよヤマト。そこのお姫さんを助けるってのが、今のアンタのなすべきことだと自分で腹を決めてきたんだろ」
「言われなくとも分かってらぁ、んなこと」
「そうかい、なら良いがね」
そこでキヨウは、ふと口を開く。
「黄金の旅団は、姫と里を滅ぼさんと企む者らで果物を忌み嫌っていると聞いてはいる。でも、なぜそんな嫌うのじゃ? どうして奴らは、彩果の里をそこまで敵視するのじゃろう……」




