2【守護士崩れ ヤマト】
彩果姫には、果物の種を生む力、果樹を育む力、大地を肥沃にせしめる力がある。さらに、認めた者一人には加護を与えることができ、加護を受けた者は身体能力を飛躍的に上げ、異能力を得ることもある。
それら奇跡の力は、彩果姫の血筋にしか備わらない。そして姫が産む子供はみな、女。これに例外は無い。ゆえに、彩果の子孫はみな女子が当主となり、始祖の力が連綿と受け継がれてゆく流れが自然に生まれていった。
しかして、彩果姫がいる土地は豊かになり果物が多く産出され、各国の発展へ大いに寄与したのである。
薔薇ノ國、蜜柑ノ國、躑躅ノ國、葡萄ノ國などがあるが、とりわけ大きな國というのは薔薇ノ國と蜜柑ノ國と言えよう。
國内では各里が彩果姫を抱え、それら束ねるは人気を博す果物を生み出している姫たちである。薔薇ノ國——苹果(林檎)の里、苹果姫たち。蜜柑ノ國——柑橘王朝、蜜柑姫たちがそれに当たる。
言い換えれば、人気の無い果物は取引がされにくく、姫もまた支持されない。必要とされる果物のために土地は使われるべきとして、略奪されてきたこともしばしばあった。実際これまでに、茱萸の里や|山桃の里が既に滅び、その血筋は途絶えている。
李の里も、その一つになるところだったがしかし、李姫はまだ生きている。いまも街道をひとり、守護士イガワとの約束を果たすため懸命に歩いている。生きている限り、その種は未来を創り出すことも出来得るであろう——
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とある街道沿い——夕刻前のこと。
長い砂利道は片側に雑木林、片側に大きな河。のどかな風景を向こうに延々と見て、徳利片手に歩く男が一人。彼の名はヤマト、年の頃は三十。
穴空き草臥れた一張羅。無精髭に手入れがされずボサつく髪。闇を抱えていそうな不穏な双眸。腰には、一振りの業物。凛々しき当時の面影すらない、すっかり守護士崩れ(仕える彩果姫を失った守護士の総称)となって、落ちぶれた一人である。
「くそ……もうねぇか」
徳利を腰にくくりつけ、懐の布袋をぺらりと開く。
「そろそろ金もやべえなぁ……またあいつの仕事でも——」
そんなとき、茂みの方からわらわらと異装の男達が出てくるではないか。これ見よがしに不気味な笑いを浮かべながら、ヤマトを取り囲む。
「おーい、悪いんだが。ここは通行料ってもんが——!?」
言い終える前に、ヤマトが刹那に突き出した鞘が男のみぞおちを抉る。
「う……ぶおっはぁぁーッ!!」
豪快にすっ跳び、ドタンッ! と、大木に打ち付けられた男は泡を吹いて倒れてしまい、周りは呆然。
追い剥ぎと勘付いていたヤマトは気怠そうにひと言。
「通行が? なんだって?」
「て、テメェ……バカにしやがってコラァッ!!」
他の男が刀で襲いかかるも、その切先ひとつで身をかわし、間合いの内側で手首を打って刀を払い落とし、後頭部を鞘でドスンと強打。
「うぐぁっ……!!」
その後、多勢に無勢ながら皆同様に襲いかかるも全て返り討ち。八つの失神した男たちから金品を漁るも、出るのは溜息だった。
「冗談だろ、ろくなもん持ってねぇ……」
すると、木陰に気配を感じたヤマト。鞘を向けて声を上げる。
「おい誰だ、出てこい。気付かねぇとでも思ってんのか」
「んまーっ! 待て待て待てえっ! うぎゃっ……」
飛び出すも盛大に転けてしまうその姿に、ヤマトは首を傾げた。
小袖に胴乱(腰にぶら下げる革製の荷物入れ)一つの身軽な装い……実は、さっきの野盗達がいて通れずに隠れていたキヨウであった。
「なんだこのチンチクリン……」
痛がりながらも、むくりと起き上がる。
「ま、待つんじゃ……ほれ、妾はただの女の子じゃぞ!」
「で?」
「お前の敵ではない!」
「だろな」
「あっ、それにほら可愛いじゃろ? よく里ではな、飼いたくなると言われておったんじゃ」
「ナメてんのかてめえ……」
呆れ返ったヤマトは、鞘から手を離す。
「おおっ、敵では無いと分かってくれたのか!?」
「んん……」
(街道じゃあるが、近隣の里からはだいぶ離れてる。山菜や野草取り、あるいは魚釣りには不自然だ。ここを通るなら、要人か商家の馬車、あるいは流れ者……ああ、身売りで運ばれてる最中に逃げ出してきたガキってとこか? 先日、土砂崩れもあったばかりと聞くし、それに乗じたのかもしれん。服の下に小太刀か何かを隠し持っているが、きっと逃げる際に盗んだものだろう。胴乱の中身もくすねたものか? ちゃっかりしてんな。まぁそういう手合い、嫌いじゃねぇが)
「コイツらがいたから帰れなかったのか? そんならもう片付いたとこだ、さっさと帰れや。攫われたのか、売られたのかは知らねーが」
「む? 何を言っとる、お前は阿呆か」
「ア? おい殺すぞクソガキ」
「なっ、クソガキではないわっ!」
「ちんちくりんか?」
「違ァうっ!! 妾にはちゃんと名前があるッ! キヨウ……っあ」
薔薇ノ國にいるうちはどこで漏れるか分からぬため、真名を口にすべきではない……と、いまさらに気付くキヨウ。
「まっ、待て! いまの無しじゃやっぱり名前違う!」
「いやおせーだろどう考えても。まぁどうでもいいがな」
そう言って去ろうとするので、キヨウはすかさず引き止めた。
「おい待たぬか! まだ話してる最中じゃというのにもうっ!」
「知らん。俺の方では終わってんだよ」
「それにしてもいやぁ……先ほどは凄かったな! お前は相当、腕があるみたいじゃの」
「聞いちゃいねぇ……」
風貌はさておいても、イガワに引けを取らない身のこなし方に強さを感じざるを得なかったキヨウは、実のところ道中の仲間にしたいと考えていた。
「鍛錬を積み重ねたんじゃろ? なかなかあの身のこなしは出来るまい。有名な流派にでもおったのか?」
「だったらなんだ」
「頼みがあるのじゃ。妾は、行かねばならないとこがある……が、この道中で馬も失って、わずかの仲間もやられてしまった。もちろん、ロハとは言わない。よしよししてやるぞ?」
ニンマリする顔に、男は口元を引き攣らせた。
「ァア……? ふざけんな」
「んなっ……なぜじゃ、妾はふざけとらんッ!!」
そう、ふざけてはいなかった。しかし、それはイガワやその他の家臣が喜んだものであり、よその者には通用しないことを知らなかったのだ。
(変なやつ……しかしなんだ、商家の娘で行商中に襲われて逃がされたってことか? んなら、ここで助けておきゃ褒美でも……だがそれにしちゃ身なりが貧相だ。こんな小袖は町娘の着るモンだろうし。なら商家の見習いで、何かに乗じて持つもんだけ持って一人さっさと……とかか?)
「……あもういい。どういう事情か知らんが、訳ありに関わるのは御免だ。めんどくせ」
歩き出すヤマト。キヨウもトコトコついてゆく。ヤマトは無言。キヨウも無言でついてゆく。痺れを切らしたのは、ヤマトの方だった。
「……おい」
「なんじゃ」
「ついてくんな」
「妾もこっちに行くのだ、一緒じゃな」
「なら離れて歩け」
「旅にはお供が欠かせないじゃろ?」
なんて無垢な笑みを浮かべて言うのだから、カリカリするのも馬鹿らしいとヤマトは諦める。どうせ、里につけばどこかへ行くだろうと考えたのだ。
「はぁぁ、勝手にしろ——」
大小二つの影が伸びる道はまだ先長し。キヨウは遅れそうになる足を早めて、ヤマトへよく話しかけた。
「しかし、あそこまでの強さを持っておれば守護士でも十二分にやってゆけるじゃろうに、守護士ではないのだろ。やっていたことはあるのか?」
「…………」
「妾のしゅ……ええと、仲間も手練れがおってなぁ。一騎当千じゃった。真面目で律儀で面倒見の良い、正義が服を着たような奴じゃったが、遊び心もあってなぁ? ふふっ、妾によく悪戯もしていた。可愛い一面も持ち合わせておって、心身共に頼もしい奴だったんじゃ。きっと守護士とは、かくあるべきものなのじゃろうな」
「……なぁおい。その話、まだ続くのか? やめてくれ、聞きたくもないものを延々と」
「ふぅむ……お前は、なぜそんな顔をしておるのじゃ? 酷く冷めた眼に、見窄らしい格好。整えれば、ある程度の男にはなろうに」
「っせ……ほっとけ」
「妾はなぁ、花梨の里を目指してるのじゃ。知っておるか?」
万が一の際は花梨の里にまず入り、そこである人物を通して蜜柑ノ國の入国手形を手に入れるように言われていたためだ。
(花梨……南方の端っこんとこか。商いの里で有名だし、交易が盛んで働き口にゃ困らねーだろうが。そんな離れたとこにわざわざ行かんでも、栄えてるとこなら梨の里とかの方が行きやすいはずだが)
と、いろいろ考えつつもヤマトはこう返す。
「かりん……? 知らんな」
「そうか、知らぬか。妾も行ったことがないんじゃ。どんな里だろうな? 花梨はよく、妾のいた里でも果実酒として入ってきたり、風邪を引いた時には砂糖漬けが出されたもんじゃ」
「あーそうかい」
そんな高価なものが普通に出る環境なら、もっとまともな格好をしているはずだ。ヤマトは、ただの見栄張りとして片付けるのだった。
「お前は好きな果物はあるか?」
「ねーな」
「李は知ってるか?」
「生憎だが、興味がねぇ」
「そうかぁ。でもいつかお前も食ってみるとよい。李がオススメじゃ。ところで、お前はどこへ行こうとしてるのじゃ? この先の里が目的地か?」
「どこでもいいだろ」
「じゃあ暇なのか。ならば、妾と共に行こう」
「やなんでそうなるっ!」
「さっきはすまんかったのう。お前には、よしよしは褒美にならないようじゃったから、代わりにコレをやろうと思う。先ほどの話を、引き受けてくれるならな」
キヨウは胴乱から、あるものを取り出した。
「なんだ、これ……」
「金になるはずじゃぞ。価値のある物だと言っておったからの! ふふんっ」
万が一のときの路銀として、キヨウはその胴乱にいくつかの品物を持たされていた。素人目には判別し難いが、見るべき者が見たら価値の分かる物ばかり。いま見せたのは煙管だ。ヤマトはこの手のものに詳しい。つまり、この煙管の価値はすぐに分かった、ゆえの驚きである。
「……螺鈿に銀細工。見たことねぇ細工も施されてやがる。少なく見積もっても……」
「おお、そうかお前は分かるんじゃな! この物の価値が」
(いや、急場でくすねた胴乱なら、そんなもんも入ってておかしくねえか……なら、どっかの大商人の見習い下っ端ってとこか?)
そう考えながら、ヤマトは黙り込む。
「妾と共に行くと約束したときに、これは渡してやる。次の里までに考えてくれればよい」
金は欲しいが、この手の物をさばくと足がつく。そのおかげで、商家の刺客に狙われるなどされれば、面倒この上ない——ヤマトは答えを出さなかった。




