8【真相 李と梅】
計六人の襲撃者は男女三人ずつ、十代から四十ほどの者まで様々。彼らは全員、土が剥き出しのひんやりした狭い地下牢にて拘束された。
捕らえたのはもちろん情報を聞き出すため。これから、お話(拷問)が始まるというわけである。
牢屋の手前に差し掛かる場所にて、イヌメは聞き返す。
「そら、間違いないのかい?」
「うむ……あれは確かにミサトじゃ。他の者も、見れば分かるかもしれん」
「そうかい。シロカガの里は好戦的じゃないと聞く。その慎重さに、痺れを切らした家臣が独断でやったのか。シロカガによる満を持しての、里狩り計画だったのか。はたまた、別の何かが裏に潜んでるのか。まいずれにせよ分かることさね。拷問は、あたいらの専門分野だ。任せときな」
意気揚々と歩み出すイヌメをしかし、キヨウは呼び止める。
「イヌメ待ってくれ!」
「どうしたんだい」
「わらわが……話す。直接訊きたいことがある」
これに思わず口を出したのはヤマト。
「バカ言ってんじゃねえ。何かあったらどうすんだ。所持品は奪ったが、それでも体内に隠し持ってる奴らもいたりすんだ。やめとけ」
「嫌じゃッ!」
「は? お前のために言ってんだろ!」
「それなら尚更じゃッ! 全くの他人というのでなし、親しくしていたシロカガの家臣じゃぞ。何より……訳が、知りたい」
「だから別に……それは俺たちが聞けば良いだろが。そんなワガママ——」
「ワガママなど言っておらん! もし李の里がきっかけで、今こうなっているのならその責任があろう。
『いま』に向き合うべきなんじゃ。もっと李の民や他の里の者、姫達とも向き合うべきじゃった。そうすれば……」
姫を失ったこと過去から、用心深くなるヤマト。失ったもののためにも、自ら前へ出んとするキヨウ。両者の思いは噛み合わない。
「おやまぁ、どうすんだい? 守護士さん」
「ち……守護士じゃねーよ。ただのお供だ」
キヨウは落とした視線を再び、ヤマトへ向ける。
「里がなぜ、あのように惨い仕打ちを受けねばならなかったのか。イガワがなぜ、命を賭さなければならなかったのか……それを知る機会があるのなら、知らねばならん。それが彼らに報いることにもなるんじゃ」
「だぁもー! 分かったよめんどくせえ……勝手にしやがれ」
頑固で扱いづらいと感じるヤマトの脳裏によぎる、茱萸姫ナワシロから言われた言葉——『まったくもう。あなたは変に頑固よね、可愛げが無いんだから』。
(俺がこいつと同じ? 馬鹿言え……まったくちげぇわ)
なぜキヨウを見ていると、妙に苛立つのか。それは、ヤマトが捻くれた頑固なのに対して、キヨウは真っ直ぐな頑固だったからと言えるのかもしれない。同族嫌悪——ただし、方向違いの。
両者、全てを失った者同士。しかし方向が違うだけで、こうも違う価値観と生き方になる。自分に似ているが似ていない——そんな相手に、ヤマトは身の振り方を定められないでいる。そのもどかしさというのが、彼の心をチクチクとさせているのだ。
松明照らす地下牢の六人は頭巾が取られ、手と足は縛られ正座の状態。両脇には、コン棒を持った屈強な用心棒二人。イヌメとヤマトが立ち会う中、キヨウは一歩前に出る。
すると、ミサトがすぐに声を上げた。
「キヨウ様……! 覚えていますか、私のことを」
「覚えておる……ミサトじゃな。そして、そっちはアキマか」
「俺のことも覚えててくださったんですね……光栄です」
短髪吊り目のアキマは、くいと頭を下げる。
「さっきはとんだご無礼を。私どもは、すっかりそこの者たちを敵かと思っておりましたゆえ……しかし、そうではないのですね?」
「うむ。一人となってしまった後に出会ったんじゃ。妾に協力してくれとる」
「御里もイガワ様も……誠に無念でなりません。ですが、これからは私たちが力となりましょう。シロカガ様はキヨウ様を案じ、我らを動かしたのです。駆けつけは……恨むらくは間に合いませんでしたが。
しかしこれで安全に、梅の里へお連れできましょう。もう何も心配は要りません」
「おい待て、調子良く何抜かしてんだよ。襲ってきておいて、どの口が言ってやがる。失敗したからって、これ見よがしに手のひら返しか? 実は味方です親しくしてたでしょなんてそんな詭弁、誰が鵜呑みにすると思ってやがんだ」
「あなたには分からないことだわ。梅と李は、五果の仲。今まで紡いできた関係があるの」
五果とは形が似ている梅・桃・桜桃・杏・李を指す。大戦時に一丸となり、苹果のもとについた里らであった。しかし、今となっては一部を除き関係性はごく希薄である。
「アァ? ざけんな、こっちだって関係大有りだ。一人のこいつを、誰がここまで連れてきたと思ってやがる、この俺だぞ」
「はい、ご苦労様でした。それは感謝します。しかし、あなたのような粗雑な者は好ましくありません」
「んだとこらてめぇっ……!」
「待てヤマト! ミサト……シロカガや、お前たちのことを妾は信じておる」
「「キヨウさま……!」」
パァッと顔を明るくする二人。
「おいキヨウッ! こいつらの言うこと信用すんのかてめえ! こいつらは襲ってきやがったんだ。お前の里だって、どうせこいつらが裏切ってるに決まって——」
「ヤマトッ!」
イヌメの声にヤマトが止まる。
「今はお姫さんが喋ってんだ。あんたが横からぎゃあぎゃあ言うもんじゃないよ。ここで立てるべきは、お前の目くじらじゃない。小言は後にしな」
やむなく下がるヤマトを待って、キヨウは続けた。
「だから……だからこそ証明をして欲しいんじゃ。敵ではないと」
しかし彼女らは、その証明をできるはずがない。
首謀者を見つけて引っ張り出してくるかしなければ、およそやったやってないの押し問答が関の山。
ただ、キヨウが求めているのは実のところ、そういう形としての証明ではない。過去に対してではなく、未来に対して敵ではないからできること……それを求めていたのだ。
悟ってか否か、ミサトは決意じみた顔で言う。
「私ができる証明は、ただ一つにございます」
縛られた膝をもってして、二つほど前に進むミサト。
これにヤマトは刀をいつでも抜けるように、イヌメもまた獲物に手をかける。
「キヨウ様……願わくは実桜姫の御前にて、シロカガ様の許証文をもってして、守護の契りを私に授けて頂きたく、ここに恐れ多く申し上げます」
その言葉にすぐ反応したのはアキマだ。
「おいミサトなに言って……それはだってお前——!」
アキマが驚くのも無理はない。
守護の契り——それは彩果姫の加護を受けることを指す。キヨウの守護士になる、ということだ。
そうなれば、仕えるシロカガに背を向き、他を主として新たに迎える意味になる。すなわち、シロカガに対する背信。
そんなことをすれば、代々仕えて使命を果たしてきた御三家の面目もろとも丸潰れ。シロカガの顔にも、泥を塗ることになる。が、たしかに現状において、敵でない証明をするには最善と言えた。
その場の誰もが息を呑み、満たされる静寂——果たして、キヨウは受け入れるのか。
⭐︎
時を遡り、ヤマトたちが桜桃の里へ向かい始めた後のこと。シロカガの命により、隠密はキヨウの足取りを追って周辺の里を調査中だった。
馬車が通れる街道を少し外れた森の中でのこと。アキマはクナイを片手で弄びながら言う。
「馬を失って一人で向かうなら、桜桃の里への最短を進むわけがねーよ。道のりが険しくない木苺か梨を、目指すはずだ」
「アキマは分かってないのよ。あのお方は度胸があるわ。だから、きっと苦しい方を選ぶに違いない。追っ手のことを考えるとその方が良いわ。
それにもし私だったら、苦しい方が好きだもの」
「いやそれはお前だけッ!」
そこで男が割って入る。
「あの待ってください、街道は商人の馬車なんかも通ります。であれば、少し遠回りにはなりますが、湖沼地帯を迂回するルートを使い、今の時期に実りが多い桜桃方面へ、乗せてもらう可能性が。梨は、もう少し時期がずれていますし」
「んなッ……そ、それは確かにまぁそうかもしんないけど。いや俺だって、そうかもなーって思ってたぜ?」
「嘘はダメよ? 言ってるでしょいつも。そうやって鼻を触る癖なんとかしなさい」
「ぐぬぬ……」
こうして桜桃の里へ、ヤマトたちの到着後に訪れることとなる。
「——間違いないわ、あれはキヨウ様だった」
「あの小汚ねぇ犬っころみてーのはいったい誰だよ。里を襲ったもんの仲間なんか? すぐ伝書鳩で姫様に——」
「ダメよ。そんなことしているうちに、何されるか分からないじゃない。きっと一人でいたところ、あの小汚い不審者に目をつけられたのよ。お金が欲しければ……とか言われて、やむを得ずにそれをのんで、どこかに連れ込まれようとしてるんだわ。このままだと、種付けされてしまうかも……」
「いやいやバカ言え。腰の業物を見なかったのか? アレはきっと相当な逸品だ。細身でいて反りが気持ちわりーほど無い。刀身の形は独特と見えるが、それでいて絶妙なバランスを保ってやがる。しかも柄巻(刀の柄に巻かれている系の部分)は、滅多に拝めねーシロモンときた……あの誂えは、名刀クラスには使わねー」
刀のことになると饒舌になるアキマは視力が高く、他の者らが見えるレベルを遥かに凌駕しており、この時もしっかりそれを見ていたのだった。
「よく見えるわよね、あんな距離で」
「地獄目って言われてるからな。しかしどーする。無闇に突っ込んでも、あれだけの武器を手にしてる奴ならその程度には強いってことだ。下手すりゃ返り討ちだぜ。俺たちはあくまで隠密だ。ハルナ様とは違って、個々の戦闘能力はそこまで高くねえ」
男もそれに同意を示す。
「そうです、不用意に敵の本丸やもしれぬ中へ入り込むのは危険すぎます。一度、偵察を兼ねて様子を把握してからでも」
二の足を踏む隠密たち。しかし暫くしてヤマトが出てくるわけだった。
「あれは……あの男ですね」
「は? 身なりがさっきと違くね? て、やべーコッチに気付いたか、散れッ——」
一斉に散会、姿を街中へとくらませる。鳥ですら何も気付くことはできないほど、まるで気配を絶ってしまうのは隠密ならではと言えよう。
実は、あのとき用があるとして外に出ていったヤマトは、怪しい人物の気配を感じたからであった。しかし、彼らを見つけることはかなわなかずに屋敷へ戻ったのだった。
「危ねえ……俺達の気配をあの距離で感じるたーなぁ。もう少しで完全に存在を気取られるとこだった。何モンだぁ?」
「見て、今度は女が……もしかして、商人風だったし人身売買でもしようとしてるんじゃ。それであの男は用心棒とか。
彩果姫と分からずに攫ったのかしら。商人を敵に回すと厄介よ、シロカガ様にも迷惑がかかる。取引が進む前に片付けないと」
「くっ……しゃあねえ。シロカガ様には事後報告だ。今ならあの商人だけをなんとかすりゃあ、買い手たちごと敵に回す心配はねー。おめーら着いてこいっ!」
そう言って飛び出すアキマ。しかし、そこにとどまるミサト。
「ミサト様? 早く我らも」
「いいえ、あそこの長屋は妙に整理された造りよね。そういうところは、意外なところに入り口があったりするわ。私は裏の方を見てくる。あなたもついてきなさい」
——と、こんなことが実は起こっていたわけだった。
そして地下牢に全員が拘束されていた時には、こんなやり取りが。
「それ、マジで言ってんのかミサト」
「ええ。キヨウ様は、男と少なくとも疎通できていたわ。脅されてって感じではなかったのよ。もしかすると、守護士のイガワ様は頭の切れるお方だったし、有事の際の味方を既に作っていたのかも」
「なっ……じゃあ、俺達はキヨウ様にとって里狩りの追っ手と思われてもおかしくねーってことになるんじゃ……」
「そうね、困ったわ」
「やべえええじゃん! なんでだよくそっ……マズイ! マズイマズイマズイ!
シロカガ様の面子は丸潰れ。無用にほじくり返しただけになっちまう。何より、ハルナ様にこんな勝手な行動が知れでもしたら……っごくり」
身震いして青ざめるアキマ。すんと考え込むミサト。
そうこうしているうちに、キヨウが地下牢へやってきたというわけだった。




