9【知られざる過去 ミサト】
牢屋の中、頭を下げたままのミサト。静寂を裂いたのは、ヤマトの一声。
「おいキヨウ! まさか、こいつに加護やるとか言わねーよな」
キヨウは無言のまま。
「そりゃ確かに、守護士ってのは加護を与えた姫に手を出せねえ制約が生まれるぜ? 寝首をかかれる心配もねえよ。それにシロカガの許証文が出るってことは、シロカガがキヨウを同じ立場として公に認めたって意味んなる。実桜姫が立ち会うことで、一方的なものだとかくだらねぇ因縁を後から付けられたり、揉め事になったりする心配もねぇだろう。
だが……加護は一度与えちまったら、そいつが死ぬまで他に与えられねぇのを分かってんだろお前だって!」
加護は信用の証であり姫の命綱。そんなものを、よその里の隠密なんていう立場の者に、いくら何がしかの関係が過去にあったからとて、そう易々と与えるものではない。まして、さきのような手前勝手な理由では全くもって道理にかなわない。それでは、最後まで献身を尽くしたイガワが報われるわけもない——元守護士だからこそ、そんな気持ちがヤマトにはあった。自分だったら、そんな相手に任せられるわけがない。
もちろん、自分を棚上げにしてるわけではない。出会って間も無く、キヨウから加護の申し出があった。しかしそれは、亡里の元守護士という立場を知って、戦いの強さを見てゆえのもの。たとえ知り合ったばかりとて、それなりの正当な理由がある。自分から願い出たわけでもない。比べてミサトはどうか、ということである。
「お前言ったよな俺に……お前を守り抜いたイガワは俺のように強かったと。こいつはじゃあどーなんだよッ! そもそも他の里の、まして腹の中の分かんねえ隠密が後継だなんて、んな馬鹿げたことそいつは認めんのかッ!?」
「…………」
「イガワ様の想いは、私が受け継ぎ心身尽力させて頂きます。どうかそれで、梅姫シロカガの里は御身の敵ではないと信じて頂きたく……キヨウ様」
その覚悟やよし、敵では無い証とする——なんて、ここで認めてしまっても良かっただろう。
しかし、ここまでの誠意を見せた者に対して、言葉だけを受け取り事実を伴わせないというのは、見下すと同義。それを、キヨウも分かっていた。だから、その決意を彼女は受け止める。
「——分かった、それをもって証明と認めよう」
「ありがとうございます……!」
ヤマトは歯をグヌリと食いしばり、ミサトの頭は深々と地に着いた。
「っ……勝手にしろ」
乱暴に外へ出てゆくヤマトに、イヌメが声を上げた。
「おいどこ行くんだい! ち。まったく……困ったもんだ。いつまで引きずってやがるんだいあいつは。
なあ、お姫さん……いや、キヨウ。あんたもさ、本当にそれで良いのかい? 過去にどんな仲を深めたのかは知らないが、下手すりゃシロカガに恨まれることだってあるかもしんないよ。姑息な手段であんたに迫るかもしれないし、よその里と手を組んで事実上の追放をしてくるかもしれない。そうしたら、薔薇ノ國には一生戻れないかもしれない。あんたは、それ分かってんのかい?」
すーっと息を吸ってから出す言葉は、妙に清々しい聞こえだった。
「いや、きっと分かっておらんな。じゃが、そうなったならまたそのとき出来ることを精一杯すればよいと思っとる。これからは、自決してゆかなければいけないじゃろ。これはその第一歩じゃ。そうやって一つ一つ決めてゆき、妾は皆の期待した『何か』になってゆこうと思うし、そうなれると信じておる」
齢十二。人の上に立つにはまだ幼い。普通なら、側近がまだいろいろ世話をするのが通例だ。それを、一人でこなしてゆかねばならないのだから、小さな背にのしかかるものは大きかろう。が、それでも心構えと気概だけは備わっている。イガワの教えのおかげで、上に立つ者のあるべき姿を既に彼女は知っていた。ただ、今までそこから逃げていた。誰かに頼ってしまうばかりだった自分を、彼女はここで決別したと言えよう。これは——門出である。
思ってもなかった大人びて真っ直ぐな価値観に、イヌメはふと笑う。
「いや、あたいはさ……悪い。てっきりもっと子供かと思ってたよ、あんたのことを」
そして、頭を上げるミサトに言う。
「ミサトって言ったね、そこの。キヨウの目的は、分かってんのかい?」
「はい。およそ察しがつけられましたから。薔薇ノ國をお出になる……そうですね? キヨウ様」
ミサトは観察眼が鋭い。この家屋の気配、イヌメという名前。そしてこれまでの、キヨウやヤマト達の言動から、どこかの里に助けを求めたり、転々として逃げたりというのは目標となっていない。ならば、一番安全なのは亡命……と、この時間のうちに見立てていたのだ。
「うむ。黄金の旅団やもしれぬし、弱ったところを狙う者はそうでなくとも少なくないじゃろうて。生き延びるには、國を出るしかない。イガワとの約束じゃ。ミサトは、それでも守護士になるか?」
「はい。二言はありません」
「そうか……すまぬな」
「いえ。あの……キヨウ様、覚えてらっしゃいますか?」
「何をじゃ?」
「昔、イガワ様と手合わせをさせて頂いたときがありました」
「あぁ……そうじゃ、そうじゃった。そんなことあったな。あの時は、顔を隠しておったから分からんかったが、そうか……イガワとやり合っていたのはお前じゃったのか。確か、桜の頃じゃったような」
「はい。当時の私は、里での笑い種。どうしてこんなこともできない、どうして本家にこんな出来の悪い者が、先代の名折れだ……そんなふうなことばかりを言われてました。
シロカガ様はそれでも、優しく見守ってくださいました。でも、その期待に応えることができず、私自身焦ってましたし、何より心がすり減っていました。
私などがお側にいてもしょうがないんじゃ、と悩んで悩んで悩み続けて……ある日、シロカガ様に嘆願を書いたのです。私では力不足につき、分家からお役に務まる資質を持った者をご進言させていただきたく——と。
シロカガ様は受け取りましたが、その前に李の里へ行くよう仰いました」
「そんなことがあって来ておったのか。それは、なんじゃ……辛かったの」
「お恥ずかしながら。
李の里には有能なお方がいる——イガワ様のことでした。聞いていた通り、武道に精通しており頭の回転も速く、洞察力も鋭いお方でしたね。
私はそこで、ひと月の間ご教示いただくことにあいなったわけです。ですが、そこでも弱さを痛烈に感じるばかり。うだつが上がらないとはまさにこのことと。ですが、イガワ様は山草を取りに行く折、薬草をすぐに見分けた私にこう言いました——戦いは己の武器を選ぶところから始まっている。あなたの武器とは、刃ではないのかもしれない。
刀を振るうだけが全てじゃない。私なりのやり方がある……そう諭されたのです。私にとってのそれというのは、きっと薬学でした。
幼少から、山でいろいろなものを見たり採ったりするのが好きだったんです。ついつい口にしては、何度悲惨なことになったか分かりませんが。でもそういうことうをしていたおかげで、自然と植物の知識は増えてゆきました。毒と薬の知識の豊富さは自負できます。ならば、それを活かせということになります。
しかしそういうことは、残念ながら私の家では理念に反するものです。千里眼のアキマ家、一刀無双のハルナ家、千手のミサト家などと呼ばれてますが、ミサト家は本来あらゆる武具を扱える多彩な戦闘を得意とする家。薬は武とは言い難く、姑息で卑怯な戦術と思われていたのです。
ですから私は、踏みとどまってしまいました。強くなるために李の里へ来て、卑怯な手段を覚えて帰ってくるなどと……それは、シロカガ様の思うところではないだろうと考えてましたから。
でもそんなとき、キヨウ様は落ち込む私の側に来て言ってくれたんです。あの時のお言葉、覚えてらっしゃいますか?」
「……ううむ、すまぬ。まるで覚えとらん」
くすりと笑うミサト。
「では、私の中にしまっておきます」
「なんじゃそれは、気になるではないか」
「きっとキヨウ様にとっては、その程度の言葉だったんです。でも、私にとっては気付きを得る真理でした。ですので何が言いたいのかと申しますと、今の私はキヨウ様がいたからこその私……そう言い換えることができます。であれば、これは私にしか務まらぬことであり、私自身がとうとう結実させていただく機会になり得ましょう。
シロカガ様のご理解もきっと賜われると、私は確信しております。許証文と実桜姫御二方への交渉……私にお任せください」
牢屋から解放されたのはミサトのみ。他は、契りが交わされるまで獄中扱いとなった。
シロカガには、伝書鳩を通じて顛末が報告され、翌日にはミサトの言った通り、許証文と一筆が添えられた伝書が届けられた。そして同日、実桜姫との面会のために、ミサトとイヌメが天守閣へ向かうこととあいなる。果たして、実桜姫は立会人を務めることに首をどう動かすのか——?




