レヴィくんさよなら
誘拐事件のことを考えて、髪亜である黒髪を何がしかの方法で人目から隠しておきたかったのだが、頭から布を被れば逆に目立つうえ、隠せるようなローブも持ち合わせていないのが現状だ。
「じゃあレヴィ、付き合ってくれてありがとう」
「あ?お前バカ?」
それでもレヴィを引き連れようとは全く思わず、素直にお礼を言ったら某ゲリオンのヒロイン的な罵倒をいただいてしまった。
「さっきの鍛冶屋が言ってたこと、もう忘れてんのか? 髪亜の人間が襲われたんだぞ」
「それは……」
「俺がそばにいてやるって」
「無理」
「あぁ!?」
いや確かにレヴィが居てくれたら安全だろう。ただ、別の意味で自分の身が危ない気がする。言わずもがな、性的な意味で、である。
それに言ってしまえばレヴィは赤の他人だ。そこまでしてもらうわけにはいかない。
全身全霊で私を助けてくれるのは、もうポッケだけで充分なのだ。これ以上は自分の身にあまる。何度もレヴィに頼ってばかりでは、何か大きなしっぺ返しが来そうで怖かった。
「まあ、その、そこまでしてもらわなくてもいいってことだ」
「ナツ、そんな遠慮すんなよ」
「じゃあさよなら」
「あ、おい!」
とにかく今は背中に背負った盾と、左の腰に差した剣を頼ろう。
「色々とありがとう! あと、目付きの悪さは直したほうが良いと思うぞ!」
私はレヴィに大きく手を振りながら走る。もちろん、彼が後を追ってくる気配はない。
少しばかり走ってから振り返った時、彼が先ほどまで立っていた場所に、その姿はなくなっていた。
それから、優しそうなおじいさんやおばあさんに道を聞きながら ──時折金品を要求されたけど── 王都や、アチカ行きの商人が集まりやすいと言われている宿に辿り着くことができた。
どうやらこの宿もウェイカルパと同じく、一階が大食堂になっているようだ。すでに数人の男が酒を飲み合い、談笑しているようだった。
なかなか綺麗に掃除されているようだし、居心地も良さそうだ。
しかし、ここで問題が起きる。
「一名様ですね」
「はい」
「一泊、一万四千イースになります」
「…………ちょっと待ってくださいね」
「はい」
宿代が、高い。
ウェイカルパでは一泊、九千イースだった。だから今回もそれくらいだろうと思っていたのだが、なかなか高い。
「ち、ちょっと待、いや、ちょっと、また来ます」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
宿のなかに居座るのは気が引けるので、とりあえず宿から出る。それから通行人の邪魔にならぬよう道の端に寄り、コソコソと財布を確認した。
現在の所持金、五万四千五百イース。
宿に一泊すると約四万二千イースになる。
王都に辿り着くまで食費に二万イースかかるとしたら、残り二万二千、そこからさらに商人の交渉や、アチカでの宿代を出すとなると……先行きが不安である。
(ど、どうする……)
ふと、白いチワワがウルウルした瞳で見上げてくる姿が脳裏に浮かんだが、生憎と異世界に来てまで借金をするつもりはない。
(とりあえず……とりあえず、そうだな、今日はここで一泊して、死に物狂いで王都行きの商人を見つけて、その商人が出発する日に合わせて……うん、長引くようなら明日から別の宿に行こう……)
よし、よし、決定だ。こんなに適当に決めて大丈夫かと自分自身思わないでもないが、仕方ない。
(もし足らなくなったら、頑張って働いてお金を稼ぐしかないな……)
私は財布を握りしめながら、力強く宿の扉を開けた。
案内された部屋は比較的綺麗で、なんと、お湯の出る魔符もあるらしい。
早速体を洗おうとして魔符の仕様書のようなメモを見ても悲しいことに文字が読めず、魔符を発動できずにフロアまで人を呼び、浴びたあとも自力でお湯を止められず再びフロアに行ったことはどうでもいい。今は忘れよう。
今まで着ていた男物の服は丁寧に汚れを洗い流し、窓際に干してある。なので現在身につけている服は、ウェイカルパの女将さんにいただいた女物のワンピースである。
白い素材の生地は少し硬くトゲトゲしていて肌に痛いが、喉元に施された青い糸の装飾だったり、糸と同色の、ウェストあたりをキュッと絞った小さなリボンの結び方も凝っている。私にはもったいないほど可愛らしい服だ。
「おなかすいたな……」
窓から空を見上げると既に薄暗い。丁度ご飯時かもしれない。
私はあえて混雑している食堂に出向き、そこで商人を探そうと、白いワンピースに履き慣れた黒革のブーツを履いて、腰にはベルトと剣を掲げた。左手は相変わらず包帯でぐるぐる巻きである。
これはなんとも斬新すぎるファッションだ。可愛いのかかっこいいのか、はたまたダサいのかよくわからなくなってしまった。
「まぁ、気にしている場合じゃないか」
私は財布だけ持って、部屋に鍵をかけてから階段を降りる。
大食堂は大賑わいだった。五十人以上は飲み食いしているだろう。日本でいうと、客でごった返した居酒屋に入ったような感覚。
うるさいが、通りすがるだけで自動ドアが開くパチンコ店の騒音ほどではない。
(パチンコ店ってなんであんなに音がでかいんだろう。あんな場所にずっといたら絶対難聴になるわ)
などと適当なことを考えながら、大食堂の入り口でぼんやりと空席を探していたら、何故だか驚いた顔をしているウェイトレスの男性が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「お一人様ですか?」
「あ、はい」
「あ、と、ちょっとお待ちくださいね。空席を探してきますので」
どうやら私の代わりに空席を探してくれるらしい。まるで日本のレストランみたいなサービスだ。さすが宿代が高いだけある。
しかし私は相席という手を使って商人を捕獲する気マンマンで、しかもわがままを言うと相席する商人は自分自身で吟味したい。
「あの、いいですよ。自分で席を探しますから」
「えっ、しかし」
性悪商人のような人間は、自分から弾きたい。人柄の良さそうな人物を、この目で探したいのだ。
私は、できるだけ人の良さそうな笑顔をつくる。
「本当にいいんだ。気を使ってくれて、ありがとう」
「……そう、ですか……」
すると、ウェイトレスさんは真っ赤になってそそくさと去ってしまった。
(あぁ、やってしまったかな……)
好意で気を使ってくれたのに断られて、よっぽど気に障ったのだろう。申し訳ないが、こちらにも事情があるのだ。
と、気を取り直して顔を上げると、いつの間にやら目の前に小柄な老婆がいた。
「男性の好意を、そう簡単に断ってはかわいそうよ?」
綿あめのように、ふわふわとした髪の女性だった。老婆といっても、背筋はピンとしていて、老熟しながらも清楚な雰囲気を感じさせる。
服装も性悪商人とは程遠かった。マトンスリーブの動きやすそうなデザインはとても高級そうではあるが、アクセサリーなどで嫌味たらしく着飾ってはいない。
「可愛らしい女の子ね。空席を探しているのかしら?」
そして、頭の上には小さな帽子。どうやら彼女は商人らしい。
女性の商人は、初めて見た。
「困っているなら、こちらへ来てはいかが? 予約席ですから、二、三席ほどなら必ず空いていますよ。ただ、わたくしの護衛の皆様もいらっしゃるから、少しだけむさ苦しいけれどね?」
彼女はウフフと、笑い皺を作りながら首を傾げた。
怪しい。正直言って、とても怪しい。
私は押し黙って葛藤する。
(でも、もし本当の善意だったら?)
一世一代の、出会いだったら?
「………………あの」
「なにかしら?」
「相席、させていただいて良いですか」
結局、私は彼女の善意を信じ、手を取った。
彼女が、自分を護衛する人達を皆様と呼んだからかもしれない。他人を、大切にできる人だと思ったから。
そして、これはきっと私の人生のなかで、ポッケの次に幸運な出会いだったのだと思う。




