鍛冶屋の女神
甲冑二人組が去っていったあとも笑い続けるレヴィを睨みながら、目前にある鍛冶屋のドアを開ける。そのまま流れるように店内へと視線を動かして、私の体はぴたりと固まった。
「……なんじゃこりゃー」
十畳ほどの広さしかない、窓がひとつもない廃れた店構えだ。そんな狭く怪しい店だが、しかしその店内は武器屋の名に恥じないほど大量の剣や槍がずらりと置かれていた。
柄の部分に金の模様が施された高級そうな大剣や明らかに中古だと分かる汚れた鎖鎌など、多種多様な武器が目に入る。ふと見上げた先の壁にはナイフや弓や盾などが所狭しと飾られていた。
「ふーん、これだけあれば良い武器見つかりそうじゃねえか」
「ああ、うん」
刃物独特の生々しい光沢。それが店内に掲げられた蝋燭の灯りに照らされてゆらゆらと揺れる。物々しくありながら煌びやかで荘厳な店内の雰囲気は、店の外の賑わいを私の耳から遮断させるには充分だった。
「しかしまぁ、こんな田舎の武器屋でも結構色々と揃ってんだな」
「田舎で悪かったね、ボウヤ」
店内の右奥にある開きっぱなしのドアから聞こえた、私より少しばかり高い声。
「イペルタムは、ここ周辺の集落じゃ一番でかい田舎だと思うんだけど? もしかして君たち、王都からのお越しかな?」
その刺のある声につられて顔を向けると、のんびりとした動きでドアの向こうから現れた人物に、私は再び驚いた。
煤で汚れた分厚い手袋、薄茶色いオーバーオールも同じく汚れていて、所々破れた箇所が縫い合わせられている。その下に着ているシャツの袖は腕まで捲り上げられており、小麦色の肌をした彼女の逞しい腕が私達の目前に晒されていた。
そう、いかにも武器を作っていそうな姿をしている人物は、どこからどうみても女性だった。
しかも、胸に至っては死語にもひとしいとある単語が浮かぶ。
「ボ……ボイン……」
メロンなのである。これは、今の私には色々と眩しすぎる、立派なメロンだ。
どうしたらそこまで育つのだろうと思わず彼女の胸を直視していたら、背後からレヴィに背中を押された。
その強い力加減に眉をひそめて振り返るが、女好きなレヴィは目を細めながら早速彼女の体にロックオンしていた。いやはや、さすが女好き、もはや感心するレベル。
「へえ、女性の鍛治師ねぇ……」
「そうだけど? 何、女が鍛治することに対して何か文句でもあるの?」
茶髪ボインガールの声がさらに刺々しくなったので、私は慌ててレヴィと彼女の仲立ちに入った。最悪武器を売ってもらえなくなるかもしれない、それでは非常に困るのだ。
「あ、あー、ごめんなさい。コイツに悪気は全くないんだ、ただちょっと、すごく重度の女好きで!あ、貴女の胸から目が離せないみたいで!」
「おい、それはお前だろ!」
レヴィが再び私の背中を押した。少したたらを踏みながら振り返ると彼が不機嫌そうに唇を尖らせていたので私も負けじと睨んでやる。
しかしその睨み合いは長く続くことなく、鍛冶屋の女性が咳払いをしたことで休戦となった。
「まあ、いいよ。……そこの赤髪は礼儀がなさそうだけど、ひょろひょろのあんたにはありそうだし」
「ひ、ひょ……」
しょっぱな他人をひょろひょろ呼ばわりとは、彼女も随分と礼儀がないのではなかろうか。そう言いたかったが心の中に収めて笑顔をつくった私を誰か褒めてほしい。
「武器だったら五万から九十万する代物まであるよ。一体何が見たいの? 机に並べてあげるけど」
彼女はドアを使わず身軽にカウンターを飛び越えて、私達に近づき笑いかける。
どうやら地元を田舎呼ばわりされたことが不服であっただけで、人柄は良さそうだ。きっとこの街が大好きなのだろう。故郷なら当然なのかもしれないが。
そのまま日本の故郷を思い出しそうになって、慌てて脳内を切り替える。今は郷愁に浸るような時じゃない、私は武器を買いにきたのだ。
「あーっと、そうだな……できたら、剣が欲しい」
「剣ね。あんたひょろひょろだし大剣は扱えなさそうだから、片手で持てるような剣くらいが丁度良いかと思うんだけど、どうかな」
ひょろひょろ呼ばわりpart2で平然とこちらのハートをズバズバ切ってはくるものの、やはり武器の向き不向きを理解している鍛冶屋のアドバイスはとても正確だった。私が真顔で頷くと彼女はまるでどこに何があるのか全て把握しているかのように、たんたんと机に剣を並べ始める。
そこには、私が持っているダガーナイフを倍近く大きくしたような小ぶりなものから、レイピアのように長いものまである。
「右手から安い順に並べてみた。好きに触ってみていいよ」
「あ、はい」
彼女に一礼してから、まず手に取ってみたのがレイピアだ。他の剣よりも柄の装飾が凝っていて、オシャレだったのだ。少し重いが、これくらいなら振り回すことができそうだし……と、吟味していたらレヴィが一言。
「その武器はやめとけ。身が細すぎて乱闘じゃすぐ折れる」
「…………おう」
いや、ほら、彼は先輩だから。とりあえず素直に言うことを聞いておく。
それから数回「それはやめとけ」を繰り返し、私は結局、ごく一般的な剣を手に入れたのだった。
……レイピア、使ってみたかった。
「ああ、十万……」
日本にいた頃も財布の中身を見てため息をつくことは多々あったが、かなしいかな、結局その儀式は異世界に飛んでも変わらないらしい。
私が買った剣は六万程度の片手剣だ。ガードも必要だろうと、この剣のセットらしい盾も購入した。それに加え、剣を研ぐための諸々を合計すると最終的には十万イースに達してしまった。
まあまあ金がかかるとは覚悟していたが、現在の所持金は一気に下がって五万四千五百イースだ。ポッケ、ごめんなさい。
「なんなら俺と同じ部屋で寝る?それなら宿代くらいは出してやるよ」と、レヴィがニヤニヤしながら言ってくれたのでとりあえず無視をつらぬく。
さて、これからどうしようか。途方に暮れかけていると、後ろから突然肩を叩かれて思わず体が揺れた。ああ認めよう、私はびびりである。
「ごめん、驚いた?」
後ろに立っていたのはあの鍛冶屋の女性だった。
「あまりイペルタムのこと知らなさそうだし、ちょっと忠告しとこうかと思ってさ」
彼女は苦笑しながら頭を掻く。
「最近、ここいらで王都から旅行にきていた髪亜の男性が誘拐されそうになった事件があって。だから君も気をつけて、って。言わずに後悔してなにかあったらイヤだし……きちんとその剣、役立ててね」
「それだけ」と、私が忠告のお礼を言うより早く、彼女は店に戻って行ってしまった。
髪亜誘拐……あの優しげな甲冑二人組からは、まさかイペルタムでそんなことが起こっていたなんて一言も教えられなかったが。
はて、ただ単に言わなかっただけなのか、はたまた私達と同じく、彼らもイペルタムに着いたばかりだったのか。
今更そんなことを考えても仕方がないが、彼女の忠告は真摯に受け止めよう。
とにかく私は、生きて王都までたどり着かねばならない。




