まわるまわれタイミング
ケルベロスとレヴィを連れて、様々な人種で賑わうイペルタムの大通りを歩く。
いや、彼らを連れて、というより、彼らに、特にレヴィに連れられて歩く、と言ったほうが正しいか。
なんといっても、ガタイの良いケルベロスは普段となんら変わらず優雅に歩いているが、レヴィに関しては、まるで自分の故郷を歩いているかのような……周囲の様子を何気なく見渡しながらも、堂々と道のど真ん中を闊歩してくれているのだ。まるで「俺についてこい」と言わんばかりに。
もしや、彼はここの生まれなのだろうか。
「レヴィ。レヴィはイペルタム出身なのか?」
「は?いんや?違うけど。イペルタムは六日前に街中を突っ切ったくらいで……あー、むしろ武器屋の位置さえ分かんねえ。誰かに聞かなきゃな」
まさかのイペルタム初心者だった。
「レヴィ……」
私はトルグルのせいで熱っぽい頭を支えるように、右手を自分の額に当てる。
「それ、街の人に聞かなくても、性悪商人と別れる前に彼から武器屋の場所を聞けば済んだことじゃないの……」
「いやー、なんか、教える代わりに金を渡せー!とか言いそうじゃね?あいつ」
「……」
うん、納得しました。
……そうだ、そもそも堂々と道を進んでいくレヴィに土地勘があると誤解して疑わなかった私が悪い。そう思っておこう。
というか、レヴィが特にこの街に慣れているわけではないということは、レヴィがどことなく偉そうな歩き方をしているのは慣れ不慣れなどが理由ではなく、性格上の問題なのか。
(溢れんばかりの自信がそうさせるんだな)
街の外よりか、周囲に対する警戒心も多少は緩んでいるのだろう。
それから、あきらかに美女に狙いを定めて武器屋までの道を聞いているレヴィから目を逸らし、私は彼とは無関係の人間ですよというふりをしつつ……そうして辿り着いた武器屋の入り口で、私達二人と一頭は立派な甲冑を装備した二人組とすれ違った。
(うおぉう……まさか甲冑を着込んだ人間をナマで見られる日がくるとは!)
写真や絵の中でしか見られなかった代物が目の前でガチャガチャと動いているのは圧巻だった。
その二人組の姿は、どこかの博物館から抜け出しました、とか、某国の十字軍から派遣されました、と言っても全く違和感がない。
日の光に照らされた銀の甲冑は目を細めたくなるほど眩しく光り、街中で異様な存在感を放っている。
両者とも頭に頑丈そうなヘルムを被っていて顔や性別は分からないが、私よりは頭一つ分以上も高い身長や甲冑の巨大さからして、きっと男性だろう。
すれ違いざまにこちらをちらりと見たような気がしたが、それは仕方ない。私は舐めるように彼らを見ていたので。
「そこの少年」
「…………」
そんな二人組が唐突に振り返り、
「おい、そこの……左腕を怪我している、黒髪の少年」
「…………んえ、……え?」
その片方から、なんの前触れもなく話しかけられて。
武器屋の隣に、レヴィがケルベロスを繋いでいる様子をぼんやりと見ていた私は、驚きながら振り返る。
博物館から抜け出した甲冑の人差し指は明らかに私を差していた。慌てて周囲を見渡してみたが、黒髪の人間は私以外に見当たらない。
「わ、私?」
「そうだ、少年」
少なからずショックだった。何がショックかって、何の迷いもなく少年だと思われたことに関してだ。
思わず自分の胸元を確認する。一応、一応は出ている。控えめではあるが山脈は存在している。なのに少年とはどういうことだ。と、困惑していると、すぐさま後ろから「ブグゥッ」という失笑が聞こえた。
誰何することもなく、背後にはレヴィしかいない。私は眉間のしわを憤怒で震わせながら素早く振り返って言う。
「笑うな」
「いや、フフンッ!悪い、違うんだ、フッ、だって、少年だってさッ!」
瞬間、耐えきれずドワハハと大声で笑い出したレヴィに、大袈裟に肩を揺らして驚く甲冑が二体。
もともと高い体温が羞恥心のせいで更に上がったような気がして、私は再び右手を自分の額に当てた。
「……私に、何か用ですか……」
もう、早急に武器屋の内に入りたい。いや逃げ込みたい。
右手はそのまま、思いきり目を眇めながら甲冑二人組を見上げると、驚いて固まっていた甲冑の片方が「い、いや、対した用ではないんだ」と、慌てて両手を小さくあげた。
「このイペルタムにも黒髪がいるんだなと思ってな。少し気になったんだ」
「少年、君の生まれはここかい?」
もう片方の甲冑が優しい口調で聞いてくる。「年端もゆかない少年」である私を怖がらせないように腰を屈めて聞いてくれているのだが、なんとも恥ずかしいものがある。まあ、かと言って自分のプライドのためだけに「私女ですけど何か?」と話の腰を折る元気も勇気もやる気も湧かない。とにかく武器屋の中に逃げ込むことが一番ラクで手っ取り早い。
が、しかし、質問に関しては好機だった。堂々と日本のことを聞くことができるのだ。
「いいや、日本という場所から来ました」
「ん、ニホン……?どこか別大陸の村かな?聞いたことがないが」
腰を屈めていた甲冑は、そう答えながら隣の甲冑を振り返る。その隣の甲冑は「さぁ?」とでも言うように肩を竦めて頭を振った。知らない、ということだろう。
(やっぱり知らないか)
日本への帰還を諦めているわけではないが、まぁきっとそういう反応が帰ってくるだろうとは予想していた。気を取り直して、私は甲冑二人組に先ほど言われて気になったことを聞いてみる。
「あの、イペルタムでも黒髪は居るんだなって言ってましたけど、どういうことですか?この黒髪って結構珍しいんですか?」
この世界では、黒髪の人間というのは数少ないのかもしれない。あまりにも多種多彩な髪色のほうに興味が持っていかれて気付かなかったが、確かにこの世界に来てから私は自分のような黒髪の人を一度も見かけていないことに気付いた。
「いやな、イペルタムというか、王都以外ではあまり見ないんだよな。なぁ?」
私に向かって最初に話しかけてきた甲冑がもう一方の甲冑にそう聞くと、その甲冑の彼も「そうだな」と頷いてから言葉を継いだ。
「地方に住む髪亜が元気に育つのは稀だ。ニホンという場所は王都のように環境が整っているのか、はたまた君の運が良いのだろうね」
「親に感謝しろよ」そう言って笑いながら頭を撫でられる。とりあえず適当に頷いておく。
突然、甲冑の二人組に話しかけられた時はどうしようかと思ったが、結果新たな知識を学べたのはとても良いことだ。
私のような黒髪が王都以外にいるのは珍しい、と彼らは言った。それは言い換えれば、王都には黒髪の人間が少なからず存在するということになる。
過剰な希望を抱きすぎだろう、とは自分でも思うが、しかしどうしても考えてしまう。そのなかに、一人くらいは日本人がいるのではないか?と。
真剣な顔でうつむく私を見てどう思ったのか、甲冑二人組が「わわわ、親の話は禁句だったか」「悪い、そんなつもりはなかったんだが」と慌てだした。とりあえず適当に頷いておく。
それを見た甲冑二人組がより一層慌て始めたその時、やっと笑いが収まったレヴィが私の肩に左手を置いて、甲冑二人組に堂々と笑いかけた。
「あー、重装備のお二人さん、聞きたいことはそれだけ?俺ら、さっさと武器屋に入りたいんだけど?」
「あ、ああ」
「なんだか、その……すまない」
そうして頭を下げる二人組をレヴィは鼻で笑って頷いた。あやまる相手を鼻で笑うとは、なんとも性格の歪んだ態度である。
とは言っても、適当に頷いてしまった私にも責任があった。というか、あらぬことで二人を謝らせてしまっているのは私のせいである。責任があるどころか全て私が原因だ。本当にすまないと思っている。
なので、とにかくこれだけはと、私にはきちんと家族がいること、その家族は元気に暮らしていることを出来るだけ明るく話した。そうしたら多少なりとも甲冑の二人組は安心してくれたようで、ヘルムで顔が見えずとも「よかった」と笑ってくれているのが伝わった。
なぜかレヴィは不機嫌になってしまったが。
そのまま甲冑二人組と別れの挨拶を済ませて、さて武器屋に入ろうか、と一歩踏み出した時、
「あ、ちょっと待ってくれ!」
彼らは何かを思い出したように、慌ててこちらを振り返って問うた。
「君達、あまり期待はせずに聞くが、つい最近、この界隈で、長い耳をした少女と大柄な男の二人組を見なかったか?」
「……長い耳?」
長い耳と聞いて、思わず某SF映画の緑色の皮膚をした背の低いお爺様を想像したが、しかし今回は少女だ。うむ、あの緑色のお爺様が、スカートを……やめよう、そういった変な想像はやめよう。
いや、ファンタジーの類だと、長い耳と言ったらエルフだろう、エルフ。だか生憎と私は未だエルフを見かけたことがない。
(異世界に来たんだから一回は見ておきたいよな、エルフとかドワーフとか)
そんなことを考えつつ、私は甲冑二人組に向かって「すみません、見てません」と頭を下げた。いや待てレヴィは何か知っているかもしれないな、と彼を見上げてみたが、彼も彼でただ軽く肩を竦めただけだった。
「そうか……。やはり、すでにイペルタムにはいないのかもしれないな」
「ああ、そうだな……。赤い髪の御仁、そして黒髪の少年。この度は二度も足を止めさせてしまってすまなかった。どうかその武器屋で運命の武器と巡り会えるよう、ささやかながら祈念しておこう」
最後まで優しい甲冑二人組であった。
そして、そんな心優しい彼らに最後まで女だと気付いてもらえなかった私である。
まあ、彼らはヘルムで視野が狭くなっているだけだと、私はそう信じています。
「…………………………ブフッ!」
「笑うな」




