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さよなら商人

 

 イペルタムは村ではなく街だと言うから、さてどれほどのものかと楽しみにしていたが、実際、ウェイカルパとあまり大きな違いはなかった。


 建物同士の幅が狭くなり、閑散とした侘しい雰囲気は薄れたが、未だそこかしこに畑があるし、建築構造や材料もウェイカルパと同一である。

 せいぜい、ウェイカルパの数倍はありそうな人口と、街を囲む防壁があるかないか、程度だ。まあ、それが大きな違いなのかもしれないが。新鮮味はあまりない。


 ただ、様々な人種の多種多様な肌や髪の色には感嘆した。

 黒い肌や青い肌、赤い肌。黄色い髪や紅の髪。大通りは人々の色に溢れていて、少し眩しい。本当に多種多様だ。


「田舎者みてぇな動きすんなよ。余所見してるとけるぞ」


 ケルベロスから下馬して以降、物珍しげに頭を動かす私の隣にいることが恥ずかしいのか、私から少し距離を取ったレヴィから小声で注意を受けた。


「おう」


 もちろん返事は適当に返した。

 そうして辿り着いたのは、イペルタムの中央にある大きな広場だ。ここでは沢山の商人達が行き来をしているらしい。確かに、荷車を付けた牛達がそこかしこに見受けられた。


「まったく。トルグルに襲われるとは……私は、とんだ疫病神を連れて歩いてしまっていたようだな」


 道中、牛が引いている荷車の端に足を置いて、自ら歩く様子の全くなかった性悪商人が、私を振り返りながら鼻の頭に皺をつくる。


「この度は、お世話になりました」


 彼に対する嫌味の一つや二つや三つ、嫌になるほど思いつくが、先ずは素直にお礼を述べておかねばなるまい。そして最後に、聞くことがある。


「ところで性悪商人さん」

「……今なんと言った?」

「日本という国を知ってますか?」

「……いや、聞いたこともないな。ところで、今なんと言った?」


 やはり、知らないか。商人ならばと、少しばかり期待したのだが。

 私は小さくため息をついて、鞄の中から財布を取り出し、銀五枚を性悪商人に渡す。


「これ、契約金の残りのお金です」

「フン、こんなもの、安すぎて反吐が出そうだが……性悪商人と言ったか?」

「…………」

「…………フン!」


 だんまりしていた私の手から乱暴にお金を奪い取った性悪商人は、眉間を痙攣させながら、もう用などないというようにシッシッとこちらを手で払った。


(なにがフンだよ!私だって、こんな奴に構っていられるような時間なんて無いっつの!)


 私は性悪商人に見せつけるかのごとく呆れ顔をつくって、そのまま横目でレヴィを見つめた。

 私と目の合ったレヴィは頷いてから、自分の剣を人差し指でコツンと叩く。さっさと武器屋に行くぞ、という意味だろう。


「あ、と。その前に旦那。片道同行、四日分の給料をくれ。遊ぶ金がねぇんだ」

「……フン、世話のかかる雇われ傭兵だ」


 性悪商人は顔を顰めながら、自らの財布を取り出した。宝石のようなキラキラとした石が散りばめられた袋だ。その中からレヴィに出された金額がどれほどのものか、下世話にも物凄く気になったが、人のお給料の額を盗み見るなんて、そんなことはモラルに欠ける。

 私は気になる気持ちを抑えて、彼らの手元を見ないように俯いた。


「ほら、十万イースだ。金食い虫め」

「ありがとよ。あんまり敵も出ねえし、ほんと割りの良い仕事だわ」


(い、一往復で金十枚……)


 正直なところ、お給料としては高いのか安いのかよく分からないのだが、ウェイカルパで購入した六日分の食料が一緒に購入した布も含めて千五百イースかかったとすると、それの約七倍の金額だ。

 単純計算で四十日分以上の保存食を、十日間、村と街を一往復する度に……おっと、やめよう。リアル貧富の差など考えるだけ無駄である!


「顔色がやばいことになってんぞ、ナツ」


 武器屋に行くんだろ?大金持ちのレヴィが首を傾げて聞いてくる。私は慌てて頷いた。


 いつの間にやら性悪商人は他の護衛達と話し合っていて、もはやこちらの事など全く眼中にない。私は彼らの様子を気にしながら、荷車の牛達に近寄った。


「ンメ?」


 愛らしい瞳だ。思わず顔が緩んでしまう。優しく耳の後ろを掻いてやると、その牛は気持ち良さそうに目を細めた。

 そんな片方の牛の様子を見て何を思ったか、もう一頭の牛も「撫でてくれ」と言わんばかりに私の足に頭を擦りつけてきた。なかなかの重量で少しばかり痛かったが、こちらも要望通りに撫でてやる。


「お前達もお疲れ様。一緒に旅ができて良かったよ」


 ンメェンメェと鳴きながら擦り寄ってくる牛達は、私を仲間と認めて、別れを惜しんでくれているようにも見える。

 昔から動物に懐かれやすいたちではあったが、異世界に来てからは更にレベルアップしたような気がする。嬉しいは嬉しいが、かと言って再びポーニのような事があれば落ち込んでしまうから、困ったものである。


「のんびりしてたら日が暮れちまうぞ」


 レヴィに急かされて、私は牛達の首を一際強く抱きしめてから、体を離した。


「じゃあな」


 性悪商人やレヴィとの旅が終わるのは大変喜ばしいが、牛達との旅が終わってしまうのは、なんだかとても悲しいな、と、そう純粋に思った私であった。


 

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