見知らぬ土地では期待と不安がひとつになって
心地よい微睡。
やはり二度寝は最高だ、これは麻薬とおんなじだ。などと考えながら、前回と同様ぐったり放心していると、にわかに左手の甲が痒くなってきた。モゾモゾ。とてもモゾモゾする。
反射的に掻きむしろうとして、目を閉じたままそこに右手を添える。今の今まで気付かなかったが、どうやら左手の上に細長い何かが乗っかっているらしい。
小枝かな。起き抜けで朦朧とした意識のまま、うっすらと左手を覗き見た。
大きなムカデでした。
「ッッギャアーーーー……!!!!」
さて、百獣の王であるライオンの唸り声は、約八キロメートル以上にもわたって響き渡ると言われている。
が、私の叫び声もなかなかだった。近くにワイングラスがあったら木っ端微塵に割れていたかもしれない。
ということで、今日から私は百獣の王である。なにがどうしてそうなったというツッコミは右から左へ受け流す。
そんな百獣の王である私にも、多少は苦手なものがある。そのなかでも二番目に苦手なものが、ムカデだ。
一番苦手なものは何かって?それはもちろん人間でしょう。
大自然は確かに素晴らしい。しかしムカデだけは、いただけなかった。あれだけはどうも受け入れられないのだ。
考えてもみてほしい。黒く連なった関節に生えたあの鋭い足が蠢き……やめよう。やめよう。
百獣の王である私は、どうやらムカデ相手に混乱している。
ムカデには毒がある。あいつに噛まれてしまうと、激しい痛みや発赤、紅斑、重症になるとリンパ節炎が起こる。
叫び声を上げながら思いっきり左手を振り回して ──ムカデはお星様のように吹っ飛んでいった── 立ち上がった私は、慌てて自分の左手付近の肌を確認した。
見える限りの隅々まで探してみたが、噛まれたような後は見つからない。
あんな形でもムカデは肉食だ。どこかしら体の一部が食べられていたらどうしよう……と少しだけ不安になったが、どうやらそれも大丈夫なようだ。
全身から力が抜けていった。倒れそうになって、思わず両手を地につける。
収まらない混乱を無理やり吹き飛ばすように大きく頭を振り、深呼吸をした。
ムカデ先輩のせいで、内臓としてはちょっとダメなんじゃないかというほどの音を立てながら心臓が飛び跳ねている。ドキドキなんて可愛いもんじゃない、ドッカン!ドッカン!だ。
「ムカデ先輩マジこえぇ……」
いやしかし、夢のくせしてリアルな昆虫を出演させるのは本当にやめてほしい!
虫の楽園である大草原でも、これが夢だと分かっているから寝転がっていられたわけで、実際にはあまり寝転がろうとは思えないのが正直なところである。
気分は最悪。完全に目が覚めてしまった。
「……ん? 目が覚めてしまった……?」
なんとなく嫌な予感に少しだけ寒気がして、しかしまさかなぁと考えることを放棄した。相変わらずこの夢が覚める気配はない。
私は先ほど放り出した布団を軽くはたいたあと両肩にかけ、そのまま裸足で草原を歩き始める。ちくちくと、小さな草が足の裏に刺さった。
もはや、ムカデのいる地面に寝転がろうなんてことは思えない。かと言ってじっとしていると、そこからムカデに這い上がられるかもしれないと考えてしまってますます怖い。
「とにかく靴が欲しいな」
私は、ムカデがいるのならばいっそのこと早く目が覚めてくれと、起きる前とは真逆のことを自分勝手に思っていた。
……… ……… ……… ……… ………
おかしい。
すべてが、おかしい。
「まず起きてから何も食べていないせいで空腹を感じていることがおかしい。夢なのに。
次に、一日中ずっと歩き続けたからといって足に痛みを感じていることがおかしい。夢なのに」
鬱蒼とした森に私は居た。死に物狂いで歩き続けて、やっとここまで来た。
これは夢だと、とにかく自分に言い聞かせた。だが、私の理性と本能がそれを真っ向から否定してくるのだ。腹が減った、足が痛いと。
沈み始めた太陽が、容赦なく私の体温を下げていく。
そうだ。第一、寒さや暑さ、草や虫の感触を直に感じていることから違和感を持つべきだったのだ。
夢に対して視覚の情報以外から物事を感じている今は明らかに異常事態であって。
そもそも夢は、こんなにも長く見続けられないだろう。夢とは、断片的に出来事を見るのではなかったか。
寒い、暗い。そろそろ夜がくる。
「……あまり認めたくないが夢じゃなかったとしてだ。……ここ、日本だよな?」
大草原があるあたり外国っぽいが、もしかしたら膨大な大地のある北海道にもこんなところがあるかもしれない。
いや待て、それはおかしい、北海道ならば今の季節、すでに雪景色である……あ、やめよう。深く考えるな。とにかく歩こう。ここが日本であることを信じて。
とにかく誰か、人を探そう。
「ど、どなたか、私に、ご飯を……!」
人が持っているご飯をいただこう。
私の体力は、そろそろ限界だ。
未だに第一異世界人と会えない夏子さん。
次の次には会わせてあげたいなと!




