あんなこといいな できたらいいな
「あのさ、質問なんだけど。日本って場所、聞いたことある?」
「あ?ニヘン?」
レヴィは眉を寄せて首を傾げた。普通にしていても眼光が強いのだから、眉間に皺を寄せるとさらに怖いのでやめたほうが良いと思う。旅の最後にでも言ってやろう。
「知らないか。じゃあ、地球は?」
「……? いいや、なんだそれ」
そして、やはり知らないらしい。予想はしていても、残念なものは残念だ。仕方がないが、あきらめてはいけない。後日あの性悪商人にも聞いてみるとしよう。王都に行くついでに、少しでも故郷に関する情報を得ておきたいのだ。
私は失望に気を落としながら「なんだそれ」と言うレヴィの質問に答えた。
「私の故郷なんだよ」
「なんで、そんなもん聞いてくんだよ」
「帰り方を探してるんだ」
「帰れねえの?」
「行っただろ、私は別の世界から来たって。だから態々王都まで向かってるんだ」
「別の世界……」
まだ言ってんのかこいつ……という小さな呟きが聞こえた。悪いがばっちり聞こえてますよレヴィ君。
「……ま、頑張れよ」
「ああ。ありがとう」
信じてないのだろうな、そう感じつつ、「頑張れ」という言葉だけは素直に受け取った。
夜も更けてきた。
今晩は、商人が連れている数十人の護衛のうち、四人が見張りに立つらしい。
誰かに同行する旅とはなかなか楽なものだ。夜はぐっすり眠られる。
レヴィを含め、皆がテントに入っていくなか、私は地面に伏せている二頭の牛に寄り添うように寝袋を置いた。
「私のこと踏まないでくれよ?」
「ンメ」
ポーニよりも頭が良いのか悪いのか、牛は頭を縦に振ってきちんと返事をしてくれた。それが「はい、踏みません」なのか「いえ、踏むかもしれません」なのか。後者の可能性が高い気がして少しばかり不安だが。
どちらにしろ、一人きりで眠るのは怖い。
私が今、一番に怯えている存在はやはりトルグルである。トルグルは夜が活動時間だ。商人の群れから離れて一人で眠るなど、恰好の獲物といって良いだろう。
今だけは、牛の言うことをポジティブな思考で信じることにしよう。
私は緊張した体から無理やり力を抜くように、大きく深呼吸をして目を瞑った。
結果、踏まれないかビクビクして一度も眠られなかった。
「結局は踏まれなかったけどさ……」
私はクマのできた目を擦りながら、鞄に寝袋をしまった。行儀は悪いが、口の端に干し肉を咥えながら出発の準備を行う。
商人達も今朝は私と同じような保存食を食べながら準備をしている。朝食の後片付けを行わずに済むからだろう。
(あの商人達とテントのなかで一緒に寝るのだけは嫌なんだよな)
男前やらオカンやら言われる私でも、ハートは初心なのである。
いや、その、まあ身体の面での初心は捨てているが、精神の面では今も初心なのだ。そういうことだ。何を言わせるのだ。
とにかく、モフモフのポッケは別として、一度でもこちらを蔑む態度を取った奴らと、しかも男と、仲良く寝転がるなんて絶対に遠慮したい。
「よぉ、ナツ」
「おはようケルベロス」
となりに赤い物体を連れたケルベロスが話しかけてきた。私はケルベロスの真紅の瞳を見上げて、恐る恐るではあるが首を撫でてやる。
「お前に話しかけてんのはケルベロスじゃねぇよ」
牛のとなりで一晩中、周囲への警戒のついでにケルベロスの様子も観察していてわかったのだが、この馬、驚くほど大人しい気性のようだ。
馬と言うと鼻息を荒くして前足で地面を叩くイメージが強かったのだが、この屈強な馬は全く暴れない。時折、牛が鳴き声を上げても、耳をこちらに向けるだけで平然としている。
「おい、無視すんな!昨日の繰り返しになってんぞ!」
私は心底嫌そうな顔をレヴィに向けた。元彼が重なる。嫌いだ。
しかし、ケルベロスはこんなにも大人しいのに、飼い主はそうでもないのはなぜだ。飼い主と飼い犬は似るのではなかったか。いったいどうなっているのだ。
「少しは飼い犬に似ても良いのに」
「今スッゲー失礼なこと考えてる?」
先ほどまで私のとなりに伏せていた牛達は、商人達に連れられて、再び背中に荷物と荷車をくくり付けられている。そうしてゆっくりと商人達の足が動き始めた。
「本当に可愛くねーわー」
今日は性悪レヴィも徒歩で行動するらしい。流石に毎日ケルベロスに乗っていたらケルベロスが疲弊するからだろう。どれほど屈強な体をしていても、相手は生き物だ。
ただ、私としてはずっとケルベロスの上でだんまりしていてほしい。
「いいや、ケルベロス、お前も騒音に悩まされているのかな。本当にお疲れ様」
「どういう意味だ、おい」
ケルベロスの頬をポンポンと叩いてから、私も商人の列に追随する。その後をのんびりとレヴィがついてくる。
宿屋でひと休みすることはできたが、連日の徒歩で着々と筋肉痛がひどくなっている。
今日も大変な移動になるだろう。それでも、みみっちいプライドではあるが、レヴィや商人達に「弱い奴だ」と笑われたくはない。
(よし、頑張ろうっ!)
私は深呼吸をして気合を入れた。
「あーあ、だるいわー」
ずっこけそうになった。
こちとら気合を入れたばかりだというのに!
「空を自由に飛びたいわー」
レヴィの呟きは森に滲んで消える。それと同時に、私の気合も消え失せてしまった。
(っ早くこいつから離れたい……!)
歯を食いしばりながら晴れ渡る大空に願う。イペルタムに到着するまでの我慢、今はまだ、我慢である。




