さみしそうだね その瞳
条件反射と言わせていただきたい。全身から血の気の引いた私の片足が無意識にレヴィの足を踏みつぶしたのだ。
「ッ──いッてぇええ!!何すんだてめぇ!!」
やってしまった、とも思ったが、まぁいいかと私はもう一度容赦なく彼の足を踏み抜き、再び足を早めた。
そうして、ある程度の距離をとったところで後ろを振り返り、できるだけ低い声を意識しながらレヴィに堂々と宣告する。
「いいか、次触ったら血を見るからな」
「あぁ!?剣も持ってねぇ奴が何言ってんだよ!」
「小さくてもこれは立派な武器だ!怪我くらいはさせる」
右頬が不快だ。私はレヴィから目を離さず、右の腰にあるナイフを撫でた。
「お前、馬鹿じゃねぇの!?こっちは帯剣してんだぞ!!」
「…………」
そうでした。
怒りで我を忘れてしまっていたが、相手は帯剣しているうえに戦うことが専業である傭兵だ。
(ヤベェ)
兎にも角にも、帯剣した相手を挑発するなど愚の骨頂だ。さすがにこれは殺される、そう思って顔を青くしていた私に、レヴィは忌々しげにため息を吐いた。
「あーあ!想像以上に可愛くねえ。お前、男みたいな女だな」
なんと、ありがたいことに殺されずには済みそうだが、ここにきて私は「オカンみたい」から「男みたい」にレベルアップしたらしい。
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてねぇよ!……あー、くそっ!」
レヴィは鋭い吊り目でこちらを睨んでから、乱暴にケルベロスへと飛び乗った。やっと私は解放されたらしい。
そして幸運なことに、タラシの許容範囲からも離脱できたようだ。これで道中、男女間の問題で襲われる心配はないだろう。
「あー、可愛くねーわー!」
……憎悪間の問題で斬り合うかもしれないが。
(いや別にさ、こんな野郎に可愛いと思われたって、何も嬉しくねえわい。こっちから願い下げだっつの!)
と、脳内で叫びつつ。実のところ、私はしばらく落ち込んでいた。
好きでもないどこぞの誰かに、嘲笑や蔑み、傷つくようなことを言われたのだとしても、他人なのだから気にするな。そう口に出して言うだけならば簡単だが、実際のところ、それを気にせずにいられるなんて、ほとんどの人間が不可能だろう。
傷つくものは、傷つくのである。
かなしきかな、それが人の心というものなのだ。
商人一行は日のあるうちに野営の準備を始めた。
彼らは寝袋だけではなく、木の枝と布で作られた簡易テントを複数立てて、その中で寝るようだ。
ご飯も私のような干し肉などではなく、焚き火を利用して何やら美味しそうなものを焼いている。
「リアル貧富の差……」
餌を食べ終わった牛車の牛に凭れて、干し肉を噛み締めながら呟いた。
「メェー」
「よしよし、お前もそう思うよな?」
この商人一行のなかで、誰と一番仲が良くなれそうかというと、この牛である。
鳴き声は羊だが外見は牛。
……ふと、ポーニのことが気にかかった。外見はロバなのに鳴き声は牛。
せっかくウェイカルパまで追いかけてきてくれたのに、黙って消えるなんてひどいことをしてしまった。
(きっと嫌われただろうが、それがポーニの幸せのためだ。仕方ないよな)
いつ死ぬか分からない旅。私が歩く道は険しいだろうし、そもそも、いずれは日本に帰るのだから、そうなったらポーニを孤独にさせてしまうだろう。
ポッケやクルッポ達と一緒に、どうかポーニも長生きしてほしい。切にそう願う。
そのまま流れるようにポッケが脳裏に浮き上がった。
優しい笑顔や口調、やわらかい肉球やモフモフ……。今朝別れたばかりだが、もうすでに懐かしい。
「ホームシックならぬポッケシックだ……」
「ンメェ」
そうだ、食後に女将さんから貰ったおやつを食べようか、などと考えていたら、明るい雰囲気で満たされている焚き火のほうからギャハハハという楽しそうな笑声が聞こえた。何やら護衛同士で盛り上がっているらしい。
なんだか羨ましい。
「……別にさみしくないよ」
「ウンメェ」
ちらりと横を見る。
向こうとは違って、こちらの話し相手は牛である。いや、決して独り言ではない。きちんと会話を行えているはずだ、牛と。
「私達だって楽しんでるよな、牛?」
「ンメェ」
「お前さみしい奴だな」
出たよ。私は顔をしかめて振り返る。
レヴィはお椀に入ったスープのような何かを飲んでいた。温かそうだ。
物欲しそうな目線をしていることに気付かれてしまったのか、レヴィは自分の持っているお椀を差し出して言った。
「ほしい?」
「いらない」
誰が好き好んで間接キッスするかってんだ。
過去に三回……恋人期間を鑑みると実質的には一回ほどしか男性とお付き合いしたことのない私からしたら、こういった軽いやり取りもなかなか高度な行いなのである。
異性に慣れているレヴィにとっては深い意味などないのだろうが……と、上目遣いで顔を伺ってみれば、なんと彼はニヤニヤしていた。
深い意味がないどころか、私の反応を見て楽しんでいる。分かってやっているのだ、こいつ。
私はレヴィを睨んで、心から罵った。
「このっ性悪……!」
「へいへーい」
ちくしょう!むかつく!!猛烈に!!
「………ぐぎぃいい……」
むかつく、が。だが、しかしだ。
牛を相手に一方的な会話をするのは、確かに、確かに寂しかった。それは事実である。
そして、その光景を静かに観察されていて、気遣われるように話しかけられたことも無性に恥ずかしかった。さみしい奴だと思われたのである。
こちらとしては、レヴィと仲良くなるつもりは更々ない。更々ないのだが、丁度良い話し相手であることも否めない。
(……今のうちに、何か日本に関わることを知らないか聞いてみるか)
私は適当に理由をつけながら、初めて自分からレヴィに口を開いた。




