右のポッケにゃ 夢がある
女将さんに頭を下げてから、私達は外にいる商人達のもとへと向かう。
彼らは暗いうちから出発の準備を始めていたようだ。今までどこに預けていたのか、牛によく似た紫色の生物が二頭、それぞれ荷車を背につけていた。
その荷車に乗っている大量の荷物を確認しているのは、昨日の丸帽子。ポッケを馬鹿にした性悪商人である。
彼の周りには屈強な体躯をした人達が不遜な態度で立っていた。皆きちんとした防具を身につけているうえ、帯剣もしている。
そういえば昨日、性悪商人の周りに陣取っていた面々に瓜二つのような気がする。おそらく、彼らは性悪商人の護衛だろう。
(この、性悪集団め……)
ちなみに、今日は朝起きてからすぐ、ポッケに「ボクが交渉しているあいだ、何を言われても絶対に怒っちゃだめだよ」と釘を刺されている。
確かに昨日は危なかった。だがしかし、今日は心の準備も出来ているので多少のことであれば大丈夫だろう。
多分。
「あのぉ、すみません」
「ん?おや、昨日の薄汚いコボルトと無愛想な女ではないか」
性悪商人は私達を振り返ると、昨日と同じ性格の悪そうな笑顔を私達に披露した。正直に言うと早速殴りたいと思った。
思いきり頬を引き攣らせた私を余所に、平然とした態度をとるポッケは商人に向けて自己紹介をする。
「はじめまして。ボクはポッケと言います、彼女はナツです。
あの、突然ですがボク達、王都まで行きたいと思っているんです。でも、困ったことに王都までの足がなくて。よろしければ、イペルタムまでで構わないので、ボク達を同行させてはいただけませんか?」
そうだ、怒っている暇はない。今回はポッケが交渉を行ってくれるが、次回は私自身が交渉をせねばならないのだ。きちんとポッケを見て学んでおかねばなるまい。
しかし、はて。王都まで向かうのは私のみのはずなのだが、ポッケは自身も王都に向かう体で話を進めている。これも交渉の技だろうか。
とりあえずポッケの邪魔だけはせぬよう気をつけながら、私は黙って二人の顛末を見守ることにした。
「ふん、女だけならいいが、ケモノはなあ」
「お金は払います。ご飯も必要ありません。ボク達は安全が欲しいのです」
「……高いぞ?」
性悪商人は、良いことを思いついた、とでもいうように、その二重顎を触りながら笑みを深める。十人中十人が嫌な予感を抱くだろう。
それでもポッケは、優しげな表情を変えることなく交渉を進めていく。
「承知の上です。ちなみに、彼女は体力も気力もありますが、ボクは体力も気力も自信がありません。それを鑑みて、ボクはいくらで、彼女はいくらくらいになりますか?」
「ふーむ。そうだなあ。……イペルタムまでだろう?」
「はい」
「……なら、女は金一枚で構わないぞ」
そこで言を切った性悪商人は、「だが、しかしだ」と呟いてからポッケを見て笑う。
「君は確か、ポッケと言ったかな?君はなあ、確かに見るからに弱そうだし、足手まといになりかねんなあ」
性悪商人はポッケを見ながら、いやらしく顔を歪めた。
「だから、君に関しては金七枚にしておこう。金七枚だ。それ以下では同行を許さない。ということでだ、合計八万イース。金八枚は必ず渡してもらおう」
「……っ」
幾度となく蔑んでくる性悪商人を、とにかく殴って怒鳴りつけてやりたくなった。
人間以外の動物が嫌いなのか、はたまた過去にコボルトと何かあったのか。ここまでポッケを毛嫌いする理由が私には分からない。
が、しかし、どれほど不快に思ったとしても、今は我慢するしかない。ポッケが私のために悪口に耐えていてくれているのに、私が暴走してしまったら元の木阿弥である。
そんななか、ひどく失礼なことを言われたはずのポッケは、しかし口角を上げて笑った。まるで、我が意を得たり、というように。
「分かりました。でしたら、彼女のみイペルタムまでお願いします」
「……なんだと?」
性悪が、笑顔を失くす。
「お前はどうするのだ?」
「はい、行きません。金一枚でしたね、前金として銀五枚お渡しします」
「いや、待ちたまえ。む、どうするかなあ。体力があると言ったって、ただの女なのだろう?いやー、もう少し高くすべきかなあ」
商人は途端に焦り始めた。
ここにきて、私はポッケの策を知る。なぜポッケが二人分の値段を其々分けて商人に答えさせたのか。
彼は、自分のみ多額に見積もられることを予期していたのではないだろうか。そして、その差を見せつけるように私の金額が安くなることも。一か八かの賭けではあるが、ポッケは正確に商人の意地の悪さを見抜いていたのかもしれない。
笑顔の消えた彼に向かって、それとは対に笑顔を崩さぬポッケは、追撃するように「そういえば」と顎に片手をあてる。
「ボクは昔、あなたのような商人に数回お世話になったことがあったんです。その商人達は皆、銀八枚でボクをイペルタムまで運んでくれました」
性悪が口をつぐむ。
「その時、そんな値段で構わないのですかと聞いたら、良い、商人に二言はない、とも言っていたんです。いやぁ、商人ってかっこいいですよね。本当に尊敬します」
「……そ、それは、まあ、いやしかし!」
もはやポッケの独壇場だ。
性悪は口を震わせ、悔しげにポッケを睨む。そんな彼にポッケは改めて頭を下げた。
「彼女をよろしくお願いします」
ポッケに続いて、私も勢いよく頭を下げる。相手に、自分の憎悪が伝わりませんように、と願って。
「よろしく、お願いします!」
「し、しかしなあ!」
それでもしつこく渋ろうとした性悪商人の言葉は、しかし呆気なく止められた。
その原因は、周囲の護衛でもなく、ポッケでもなく、もちろん私でもない。
それは、どこかで聞き覚えのある、軽い口調の若い声だった。
「しつけえ男は嫌われんぞー」
私は、ひどく険しい顔をしながら、声のした方角に顔を向ける。
その先には、地獄の門番ケルベロス。
その大きな黒馬を引き連れているのは、私が最も避けたかった人物だ。
私は広大な空を見上げながら、ひどく重いため息をついた。これはいったい、何の試練なのだ、と。
「よお、黒髪の女」
空を見上げる私に向かって、その赤髪のフルオープン男は、とても優雅にほくそ笑んでくれた。




