それは小さな釣り針だった
ポッケパラダイスを味わった翌朝、目を覚ました私達は太陽の光を一心に浴びながら、小さな丘の頂上に立っていた。
「ナツ、あれがウェイカルパだよぉ!」
丘から見渡せるほどしかない人間の村、ウェイカルパは、確かに村といった風の本当に小さな集落だった。
そこかしこに畑が見える。植えられているものは何だろうか。近寄って見てみたい。
畑を挟み、広間隔でまばらに立つ三角屋根の家々。その外壁は全て薄黒い板壁で出来ており、紅色の窓枠が良いアクセントになっている。
あの外壁だが、何かの木材の表面を炭化させて作られているのだと思う。昔……高校生の頃だったか、歴史の授業で、日本の古い民家にも焼き板の外壁はよく使われていたと聞いたことがあった。確か木材は杉だ。
異世界なので元々黒い木材があるのかもしれないが、今までの道中に変わった木は見かけなかったので、大方合っているだろう。
屋根は窓枠と同色の紅色である。その色はレンガに似ている気がしたので、レンガと同じように粘土を焼成して作られているのかもしれない。
普段から見慣れていた日本の風景とは全く違うものが目前に広がる。コボルトの街もなかなかだったが、あの時はこちらに飛ばされたばかりで、心に余裕がなかったのだ。
今回はポッケとポーニという癒し要因を連れているからか、少しばかり海外旅行にやって来た気分になってしまった。
(なんともサバイバルな海外旅行だけどな)
……と言っても外壁も屋根も全体的に薄汚れているので、そのせいか、可愛い家々であれど集落独特の閑散とした雰囲気が周辺全体に漂っている。
「ポッケ、予定ではここで一日休息するって言っていたけど、こんな小さな村に宿屋なんてあるのか?」
「うん、大丈夫だよぉ。ウェイカルパの周辺には、人間の住める村や街が全くないからね。ここまでやってくる商人達や冒険者を休ませるために、こんな小さな村でも宿屋は経営できるんだぁ」
「なるほどな」
人間の住める最果ての村まで来た旅人達が休息するための場所があるわけだ。私は納得してから、再び村を見下ろす。
(あっ! うわぁ人間だ、懐かしい……!)
丘の上から見る限り、村の中央部にある大きな畑では、四、五人の人が農作業をしているように見えた。
村の中の舗装がされていない土砂の道を歩いているのは、二人ほどか。畑の人達も含めて、金髪の人が多い気がする。赤や青もちらほら見える。そこはやはり異世界だ。
……しかし、本当に懐かしい。自分以外の人間を見たのは久しぶりだった。数えて約一週間ほどか。
「はやく行こう、ポッケ!」
私は笑顔でポッケを振り返った。ポッケもホニャリと笑って頷いてくれた。
異世界の同種族、ついに発見せり、である!
ウェイカルパに住む村人達が着ている服は、私の着ている服と大差ないようだった。
それでも、やはり私のものより所々汚れているし、腰のベルトは皮ではなく縄のようなもので代用されている。首元の装飾もなされていないので、お値段に関しては大きな差があるのだろう。
「ポッケ。やっぱり私の服、村では変に目立ってないか?」
「んー、確かに村ではそうかもしれないけれど、これから行く大きな街や王都では今の服くらいが丁度良いと思うよぉ?」
特に心配しなくても良いんじゃないかなぁ?とポッケは安心させるように笑ってくれる。確かに、そうかもしれない。
村の道中ですれ違う人の数は少ないが、コボルトの街のように、私を上から下まで眺めていく人もいなかった。無論、珍しげに私達を横目で見ながらすれ違う人もいるが。
「ウェイカルパの人達はコボルトを見慣れているのか?」
「フンモゥ?」
私はポッケを乗せているポーニの頭を撫でながら、のんびりと村を見渡しているポッケへと顔を向けた。彼はふんわりとした尻尾を振りながら頷く。
「そうだよぉ。ほら、コボルトの街で会った飛脚さんがいたでしょう?彼はコボルトの街と、この村の間を走ってくれているんだぁ。ウェイカルパ以外の場所ではコボルトも珍しいかもしれないけれど、ここではそんなに驚かれることもないんじゃないかなぁ」
あのオオサンショウウオか。
彼は強靭な脚力を持つだけでなく、ウェイカルパの住民とコボルトの他種間交流にも多大なる貢献を果たしているらしい。偉大なオオサンショウウオ……否、コボルトである。
拝んでおけば良かった。
私にとって不快な出来事が起こったのは、ウェイカルパの風に吹かれながら、ポッケに導かれて宿屋へと向かっていた道中のことだった。
「いいじゃねえか?なぁ」
「え~、でもぉ~」
突如として、すぐ近くから二人の声が聞こえた。私はポッケとのんびり会話しながらも少しばかり気になって、民家の軒先へと目を向ける。
そこでは一組の男女がいちゃこらしていた。
女性のほうはウェイカルパの村人らしい。少しばかり質素な服装をしている。だが、なんとも顔が可愛らしかった。普段から力仕事をしているためか、現代人女性と比べると少しばかり筋肉質だが、彼女の美しい金色の髪は太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。こやつ、絶対にモテる。
対して男性は、明らかに余所者といった風体だった。ベルトは一重だが、私に似たような服装をしている。また頑丈そうな銀の胸当てを装備しているし、腰には剣をぶら下げているので、大方、冒険者か何かだろう。襟首までしかないショートヘアは濃い赤色だ。所々が跳ねていて、まるで寝起きのように見える。目のあたりが髪で隠れているため、横顔の口元あたりしか確認できないが、顔の形は整っていそうだ。
美男美女カップルということか。
「なぁ、頼むわ。我慢の限界なんだよ……」
「ん~しょーがないなぁー」
どうやら、赤髪の男性が金髪の女性を口説いているらしい。女性を壁際に追いつめて、顎を持ち上げたりなんかしている。
女性は顔を赤らめていて、なんだか嬉しそうである…………。
(あーッたくよぉ外でイチャついてんじゃねえよ家でやれよ家で!あれか、お前らオープン系カップルか!フルオープンか!それともあれですかね、自慢してるんですか、ねぇ!ちくしょう!私の恋愛運をバカにしやがって!あ、もうこれ公害でーす!立派な公害だと思いまーす!)
私は脳内で怒涛のように叫びながら、思い切り顔を顰めた。もちろん嫌悪の表情だ。そう、醜い嫉妬を溢れさせているのである。何とでも言うがいい!
また、なんというか男性のほうの女性慣れしている感じが、どことなく、どことなく似ているのだ、今までの彼氏達と。特に、最後に付き合ったあいつと。とにかく雰囲気が似ているのだ。思い出したくなかった。
と、過去を思い出しながら顰めっ面のままガン見していたのが失敗である。
「……ッ!」
私の殺気が伝わってしまったのか、やにわにこちらを振り返った赤髪の男性。野生の狼のような鋭い眉目をした彼と、思い切り目が合った。
私は顰めっ面を直せないまま猛スピードで頭ごと目を逸らす。否、目や顔だけではない、もはや全神経をその場所から逸らした。
「さーてポッケ君、私と宿屋まで競争だあ!よーいドーン!」
「えぇっ!?ちょ、まっ、ナツ!?競争だって言ってもナツは宿屋の場所知らないでしょ!な、な、ナツ~!!」
「ンモーゥ!」
ポッケに指摘されて「あ、場所知らないわ」と気付いたが、今はとにかく逃げるほうが先決だ。あの男女におかしなイチャもんを付けられたら困るし、あまり関わりたくもない。
しかも男性は帯剣しているのだ。私のようなナイフではなく、立派な長い剣だ。最悪の場所「何見てんだよ切るぞおらぁ」という展開もあり得る。ヤッベェ。
「な、ナツ~!ところでヨーイゴーンって何~!?」
「ンモーゥ!」
私が足を止めたのは、それから数分ほど全力疾走した後だった。




