君のひとみは10000ボルト
ポッケの話によると、先ほどの野獣はトルグルという名前なのだそうだ。
夜行性なので、まだ日の落ちていない夕方に活動を始めることは滅多にない。今日のような出来事は本当に稀らしい。
「よっぽど、お腹が空いていたのかなぁ」
人間を襲わずとも生きていけるほど森の中には食べ物が豊富に存在するという。なぜ私達を襲う必要があったのか、その後もポッケは悩み続けていた。
ポッケが体を洗い終わってから、私達は再び移動を開始した。それから一時間ほど歩いた先に、少し広まった場所を見つけた。野宿に最適そうだ。
その場所を中心に周辺を徘徊してみたところ何もいなかったので、今夜はここで野宿をしようということになった。
前日の夜、ポッケの手を握りながら眠っていた時には、
「アハァー見張りをしている最中に寝ちゃわないかなーどうかなー心配だなー」
と、のんびりぐーたら考えていたが、そんなもん今この状況で眠られる奴がいたらそいつはただのクレイジーである。眠られるわけがない!
なぜなら、私の見張りだけがポッケやポーニの命を握っているのだ。もうこれ、超絶緊張マックス。いつ何が襲ってくるか分からないという恐怖。それが物凄いスピードで急性胃腸炎を引き起こそうとしてくる。
下手なお化け屋敷よりも怖いので、この森を遊園地に設営することをお勧めしよう。カップル大量生産だ。もちろん死者も大量生産されるが、それは、まあ、諦めるしかない。
ポッケが火起こしの魔符を使っている最中も、昨日のように顔を綻ばせたりなんか出来るはずもなく、私は無意識に周囲を見渡して警戒していた。
そんな私にポーニは欠伸とため息をプレゼントしてくれた。私だけガチガチの厳戒態勢である。少しばかり悲しくなってきたが、それでも緊張は解けない。
「ナツの服に付いちゃったトルグルの血、染みついちゃわなくて良かったね?」
「うん、そうだな。白い服だから心配だったけど、ちゃんと水に落ちてくれて安心した」
……私だけガチガチ、とは言ったものの、昨日の夜、寝ずの番をしてくれていたポッケも、依然として目を覚ましたままである。
しかし、一晩徹夜したうえに一日中歩き続けて、さらに先ほどの出来事だ。眠気は着実に蓄積されているらしく、時折目をこすっては鼻頭に皺を寄せて欠伸を噛み殺していた。
私は周囲を見渡してから、とりあえずは安全だと思うことにして、ポッケのほうへと顔を向ける。二人の目が合ってから、軽い口調を意識しつつ、口を開いた。
「ポッケ、もう眠いだろ?寝てていいよ。私きちんと起きてるから」
「んん……でも、いつ何があるか分からないから」
そうした攻防のあと、何度も「寝ていてくれて構わない」と言ったのだが、ポッケが頭を縦に振ることはなかった。物凄く頑固である。だが、必死に彼が眠気と戦っていることは確かだ。ポッケには無理をしてほしくないし、疲れているポッケを眠らせてあげたかった。こちらもこちらで頑固なのだ。
そこで、ふと良い案を思い付く。今日の昼間の会話がキーポイントである。
「ナツ?」
おもむろに立ち上がった私を、ポッケは不思議そうな顔で見上げた。可愛らしい上目遣いだ。携帯の待ち受けにしたい。
「な、ナツ!?」
あまりの可愛さにフヘヘェと笑いそうになったが、だがしかし、私は真顔のまま、問答無用でポッケの体を両手で抱きかかえた。
「ナッ、やめっ、どうしたの!?」
突然の出来事に混乱しているポッケが腕のなかで暴れた。げしげしと腕や腹を蹴ってくるが、そんなに強い力ではない。加減をしてくれているのだろう。
その優しさに甘えるとして、さらに腕に力を込めて抱きしめてやった。
「ポッケ、暴れないでくれ。痛いんだけど」
「でも!だって!!」
「ものすごく痛いんだけど」
「うっ……」
ポッケが喉を詰まらせ、すぐさま黙って抵抗を止めた。とても良い子である。……なんだか悪いことをしている気分になってきた。いや、まあ、悪いことをしているんですが!
まんまと策略に嵌り、ぬいぐるみと化したポッケを抱っこしたまま、先ほどまで座っていた木の根に再び腰を降ろす。ここからが本番である。
「ポッケが寝たら、この手を離してやる!」
「ゲッ!!」
ゲッ!!とは何だ、ゲッ!!とは。
ガビーンという音が似合いそうな顔をするポッケに物凄く複雑な気持ちになったが、私は更に畳み掛けるかのごとく、ポッケにずるい事を言ってみた。
「ポッケ。そんなにポッケは私が信用できないのか?ちゃんと見張りなんかできるわけがないと思ってる?」
「ち、違うよぅ!ボクは、ボクはナツが心配で!」
「なら、ちゃんと眠ってくれないか。ポッケが無理をすればするほど私はポッケが心配になる。逆効果だとは思わないか?」
だから、な?
そう言って、ポッケと目を合わせながら首を傾げてみた。
この性格が原因か、この顔が原因か、ポッケのようにウルウルッとした上目遣いをしながら可愛らしくお願いすることは出来ないが、それでも目力は強いほうだと思う。恐怖を抱く的な意味で。殺される的な意味で。
なので、私は愛嬌ではなく度胸でポッケを説き伏せた。まさに「よいではないか、よいではないか」状態だ。
そんな私とは反対に、ポッケの目は今にも泣きそうなほど潤んでいた。口元がワナワナと震えている。「きゃーお代官さまーヤメテー」状態である。
そんな状態で数分ほど見つめあいが続いた末、やっとのこと、根負けしたかのようにポッケが目を瞑り、その顔を両手の肉球で隠しながら降参の悲鳴を上げた。
「ふあぁん!分かったよぉ……分かったから、もう離してよぉ……!」
「言ったろ、ポッケが寝るまで離さない」
「えぇッ!!ナツ、頼むからっ!もう許してよぉ……!」
生憎と、このモフモフを手離す気は毛頭ない。いや、なくなった。「寝る」と言ってくれたら早々に放してやるつもりでいたのだが、だって、めちゃくちゃモフモフですやん。これ最高ですやん。
それに人肌というのは、あれだ、くっつけ合っていると安心するじゃないか。ポッケには安心して眠ってもらいたい。
……というように、つらつらと言い訳を並べてみたが、要するにポッケと触れ合うことで私自身が癒しを得ているのだ。繰り返す、めちゃくちゃモフモフですやん。これ最高ですやん!
それから数時間後、やっとポッケが眠ってくれた。
私はポッケの寝顔を見ながらニヤニヤした。フヘヘェ……フヘヘェ……と繰り返し脳内で呟いた。もちろん朝になるまでポッケのことを抱きしめたままでいたのだが、彼は知る由もないだろう。
ポッケ、可愛い寝顔をごちそうさまでした。……フヘヘェ!
フヘヘェ……




