みんながすやすや眠るころ
いやー、人間って空飛ぶんですね!びっくりしたなー!ということで水島夏子、二十四歳、そろそろ逝きまーす!
「まだ死なねぇよ!! 」
「わあぁっナツ、大丈夫?!」
「生きて! おらねば! 返事は! 出来ぬ!」
「な、なんか変なこといってるよぉ!」
はわわぁー頭の打ち所が悪かったんだあーと慌てるポッケを差し置いて、目を覚ましたばかりの私の目前に、突如として緑色の小さなロバが現れた。
「ウンモー!」
「ポーニ!ポッケの声が牛っぽいなと思った時に君のような予感はしてましたよ!えぇ!」
ポーニは渋い緑色の体毛を土だらけにして、私の膝に猛烈な頬ずりを繰り返している。
私の膝はポーニに頬ずりされたせいで泥だらけだ。茶色いズボンで良かった。
……しかしまあ、なんというかこの、私への懐き具合は如何なものか。とりあえず確信を持って言えるが、こいつはクルッポのポーニである。見知らぬポーニに懐かれる謂れはないので、まず間違いないだろう。
「な、なんでポーニがここにいるんだ?」
「んー、ボクにもわからないけれど……でも、明らかにクルッポの家から逃げ出してきたみたいな感じだよねぇ。首輪もつけていないし」
ポッケの目線を追って、ポーニの首元を見てみる。逆立った首元の毛、その奥にある肌には擦れたような傷跡があった。
もしかしたら、のたくって暴れて無理やり首輪を抜いて来たのかもしれない。実家の大型犬、ゴールデンレトリバーのラブちゃんを病院に連れて行こうとした時、思いきり嫌がられて首輪がスポンと抜けたことがあるのだが、ポーニの首元の逆立った毛も、その時のラブちゃんに近かった。
それにしても、なぜ危険なガルバンの森を抜け、首に痛々しい怪我を負ってまでコボルトの街を抜け出してきたのだろうか。
「もしかして、コボルトの街に何かあったのかな」
ポッケを振り返って聞いてみると、彼は唸りながら首を傾げた。
「んー。そういった感じには見えないなぁ。
ポーニは頭が良いから、もし街が危なくってボク達を頼ってここまで来たのだとしたら、もっと慌てていると思うし」
「ンモーゥ!」
「グフゥッ」
不意に脇腹へと頭突きをかましてくるポーニ。ものすごく痛い。地味に本気で突いてくるあたり、ものすごく痛い。
「ンモゥ」
潤んだ瞳で私を見上げてくる草餅。ここまでされて、気付かないわけがなかった。
そう、今のポーニの気持ちを代弁するなら、
「なに俺の許可なく旅に出てんだよ人間!俺を置いていくんじゃねぇよ! ンモゥ!」
なのだろう。
「もしかして、私達について行きたいのか」
「ゥンモ!」
ポーニは右の前足で地面を叩くことで返答してくれた。……なぜポーニには自動翻訳機能が効いていないのだ。この機能、文字も読めないようだし、所々不便で憎い。
話がずれてしまった。それより今はポーニをどうするか、である。
「ポッケ、こいつどうしよう。一度コボルトの街に戻ろうか?」
もし無断で抜け出したのなら、クルッポが心配しているはずだ。しかしポッケはしばらく髭を触りながら考えた後、その頭を横に振った。
「つれていこう。ポーニは、ボクが帰る時に一緒に連れていくよ。それに申し訳ないけれど、街にポーニを返してから再び人間の村まで歩く体力が、今のボクにはないと思うんだぁ……」
ポッケは耳を伏せて、私の顔を伺う。
「それに、人間の村につく前にボクの体力が限界になった時、ポーニが代わりの足になってくれるし。ボクが街に帰るまでは、クルッポには心配かけちゃうことになるけど……ここは、ありがたくポーニの力を借りよう?」
「いや、その時は私が抱っこ……」
「ナツ?」
「でも」
「ナツ?」
「ハイ」
私がポッケを抱っこしていく、とでも言ったら、次は拗ねられるだけでなく本気で怒られそうだ。ポッケがこわい。
いつも優しいポッケから怒られるとハートのダメージも相当な気がするので、私は数回頷くことで同意した。
目の前には、相変わらず広大な草原である。
「長いなー」
「うん、そだねぇ」
ポッケは今、ポーニに乗っている。
最初、「ボクだけがポーニに乗ってラクしちゃって、ごめんねぇ……」と落ち込んでばかりいたポッケも、それ以上言うなら私が抱っこするぞ!と脅したら黙った。ポッケこわくない、形勢逆転である。
「風が気持ち良いなー」
「うん、そだねぇ」
私が一歩、足を踏み出す度に、枯れ始めている花輪が乾いた音を立てる。
鞄に擦れて傷付ついてしまっていないか少しばかり不安だが、歩く度にかさりと鳴る花輪は、コボルトの街にいる元気な子ども達の笑顔をーーひとりだけ、絶叫をーー私に思い出させる。
それは、これから長い旅路を行く私を優しく励ましてくれているようで、心に癒しを与えてくれた。
静かな、のんびりとした旅が続く。
そうだ。そう言えば、ポッケの家を出る前に、王都までの旅はどのような道を辿ることになるのか、ポッケから詳細を教えてもらうことが出来た。
……教えてもらった、のだが、そのまま全てを覚えることは出来なかった。特に、村や街の名前だ。もちろん全てカタカナである。
時間に余裕がある今のうちに、復習をしておかねばなるまい。
まず、コボルトの街から人間の村まで、約三日を掛けて歩く。コボルトの街に名前は無いらしい。村や街に名前があるのは、人間の住むところだけなのだそうだ。
兎にも角にも、ガルバンの森から現在いる草原を横断、次に村近くの森を通って、やっと到着できる場所が……なんだったか。
「今向かっている村、何て名前だったっけ?」
「ウェイカルパだよぉ」
それだ。そのウェイカルパという村で、まずは食料を調達してから、体力を回復させるために宿で一日ほど休憩する。
次に、ウェイカルパの先にある人間の街までの道程を、同じ方角に向かう商人達に同行させてもらうことで進む。
商人達への交渉はポッケが頼りだ。今後のためにも見習っておこう。
「……ウェイカルパの次にある街は何だっけ?」
「イペルタムだよぉ! 説明したのにぃ」
「ふへへ」
「もぉ、ナツったら」
「ンモゥ」
今、ポーニにも馬鹿にされたような気がしたが。いやそんなまさか。いや、いや、気のせいだ。気のせいにしておこう。
イペルタム、歩けば四日ほどで到着する距離にある街らしいが、商人達と行くとなると大所帯になる可能性が高いため、到着までは何日かかるか分からないらしい。それでも、早さよりは安全第一、である。
……なにせ商人達との旅からは、ポッケが側にいない。孤独だ。一人で何でも行わねばならないのだ。ものすごく不安だが、頼ってばかりもいられない。
頑張らねば。
ウェイカルパからイペルタムに到着すれば、そこでも同じように商人と交渉。ポッケがいないので、私自身が交渉する。今から既にドキドキである。
そうして商人に同行し、小さな村や川を経由して約四日間、王都の次に大きいと言われている街へと到着する。
「ナツ。じゃあ、王都の目前にある、王都の次に大きな街の名前はなんだったか、覚えている?」
「アチカだろ」
「えぇ! なんでその街の名前だけ覚えてるの!?」
「短い名前だから覚えやすいんだ」
そのアチカという街からも約一日かけて歩き、それからやっと、王都へ到着できるらしい。
絶対に忘れていると思ったのになぁ……と真顔で呟いているポッケに、私は仕方ないけれど少しばかり傷つきながら、そのまま気になったことを聞いてみた。
「そう言えばポッケ。王都王都って言うけれど、王都には、ウェイカルパとかアチカみたいな名前は付けられていないのか?」
「んーと、一応あるんだけどね。でも皆、王都王都ーって呼んでいるから、あんまり使われていないんだぁ」
「そうなのか。まぁでも、とりあえず聞いてはおきたいかな。王都の名前」
「王都はね、エイアヴルフラハイムって言うの」
え、エイア……エイアヴ、なんだって?
「エイアルヴフラハイム。王様の名前が王都の名前なんだぁ」
「……とにかく長い名前なんだな」
「しかも覚えにくいでしょ? だから皆、王都って言うんだろうね」
ポッケの笑顔に苦笑で答えながら、私は物覚えの悪い頭を抱えた。覚えなければならない名前はカタカナばかり、後々すぐに忘れそうだ。
「ボクとの旅の間に、村や街の名前、頑張って覚えようね?」
そう言ってくれるポッケに、私は感謝の言葉を返しながら頷いた。




