あんたちょっと良い男だったよ
R15です。(確認)
『優しい弁解メールありがとう。そんなあなたに、私もメールで別れ話をしよう。
浮気をするのは、これで何回目だ。いつも腰を低くしてあやまって、毎回毎回それに私が折れて、そしたらまた凝りもせず浮気する。何度繰り返してんだって話だ。
別れよう。今回は本当に。もう連絡してくるな。』
実のところ、わかってはいるのだ。
先ほどは調子に乗って、私の恋愛運が云々などとのたまったが、実際には私自身に問題があって……。私には、女らしい魅力が微塵もないんだ、ということくらいは、言われなくとも自覚している。
ハイ。水島夏子、二十四歳です。
私は掃除や洗濯が並程度に得意です。
言動は皆々様から男らしいと言われております。この口調は私の癖であって、女を捨てたつもりはありませんでした。
ありませんでした、が、しかし。
クッキングという「可愛い乙女」の必須スキルに関しては全く、誰かに呪われているのかというほど全く、一ミリたりとも才能を持っていません。
よって、愛妻弁当は毒入りとなっております。
そのうえ自分から誰かに甘えることが苦手です。遊びに誘うメールでさえ、突然私なんぞからメールが来たら相手側にとっては迷惑じゃなかろうか、と躊躇するほどこちらから人に擦り寄ることが苦手です。
男性と営む性的なアレに対しても、数回ほど経験を積んだものの未だに興奮より恐怖が勝ります。
ですから、男性が喜ぶような愛らしい声は上げられません。
「ドグォッ!」やら「ギァスッ!」やら死ぬ直前の世紀末キャラのような声と仲良くしていただきます。恋は戦争。
ええ、そりゃあさぞかし、味のない!めんどくさそうな!ツマラン女でしょう!
さて、改めて携帯に打ち出した文章を見直す。
(もう見てよこの可愛げも何もあったもんじゃない文章)
まあ、打ち直す気はないのだが。
「よし」
誤字脱字ナシ。真剣なメールだ、一言一句違えるわけにいかない。
「こいつとは、十ヶ月で終いかぁ」
結構頑張った方だと思う。
自室のベッドに寝転がりながら、私は彼氏に……元、彼氏に、メールを送信する。
送信してから少しの間、無意識に呼吸を止めていたらしい。酸素が足りずに息苦しくなって、初めてそれに気付いて、何やってんだと慌てて肩から力を抜く。
深呼吸深呼吸。
今は、というより、帰ってきてから、一度も部屋の電気を点けていない。スーツから部屋着に着替えることすら面倒くさくて、化粧も取らずにベッドへとダイブをかましたのは二時間ほど前の話。
水の弾ける音が聞こえる。二日前から降り続いている大雨は、今夜も止む気配がない。
私はなんとなく見つめていた携帯の待ち受け画面から逃げるように目を逸らして、右手に持っていた携帯をデジタル時計のとなりに置き、そのまま手を引き摺るようにベッドの上へと落とした。
(そうだ、これで私はややこしい男女関係から解放される)
さあ!新しい恋愛をしよう!なんてことは思わない。思わないというより、思いたくても希望が持てないわけだが!
だから、もういっそのことひとりで生きようと思った。いわゆる、ネットで言われる喪女という存在だ。
生涯独身。良い響き。喜んでなってやろうじゃないか!
正直なところ、あれだ。もう傷付くのは嫌なので。
「…………ふへっ、……ふへへっ」
一周まわって開き直った私はなんだか楽しくなってきて、「人間~なんて~ララ~ラ~」などと歌いながら、清々しい気持ちで羽毛布団に潜った。
部屋着に着替えなきゃ、化粧も落とさなきゃ。とは思っているものの、やる気が起きない。今日は朝から忙しかった、頑張って働きすぎたのかもしれない。
ああ、ふとんがやわらかい。
今日は疲れた、はやく寝てしまいたい。そう思うのに、目前の暗闇から目を逸らすことができなかった。ベッド脇にあるベランダ、灰色のコンクリートに跳ね返る雨音が耳に響く。
ふと、元彼氏から送られてきた弁解メールを読み終わった後に何気なく見上げた、自宅マンションの渡り廊下を照らしている蛍光灯を思い出す。
そこには十二月という肌寒い季節にも関わらず、黒い羽虫が複数集まって、仲睦まじく飛び回っているのだ。まるで、小さい体を互いに暖めうように。
「……いいねえ、お前らは」
まあ、別に暖めあっているわけでもなく、仲良しというわけでもないのだろうが。
いいじゃないか、そう思えたんだから。……いやいや、虫に嫉妬なんかしていませんよ。
そうやって訳のわからないことを考えながら、私は静かに目を閉じる。
目を閉じなければいけない。明日も生活は続くのだから。
私が、ほんの少しだけ愛してしまった男の顔は、もう忘れてしまおうと思った。
主人公さんはちょっとふへへな24歳。
次回、異世界に突入です。




