閑話 思い出して 微笑んで
ボクは、優しいコボルトなんかじゃない。
ポッケは思っていた。
ナツは今、床に敷いていたシーツを全身に巻きつけて、子どものコボルトのように丸まりながら目を閉じている。
彼女の服は洗濯中だ。今までどんなひどい旅をしていたのかは知らないが、なかなか汚れと血が落ちないので、とりあえず全て水に浸している。
肌色の……すときんぐ、と言うらしいが、それは捨ててくれて構わないと言っていたので、雑巾の代わりにでもしようと有難くいただくことにした。
街の子ども達から貰ったらしい大量の花輪は、彼女のすぐ真横に並べて置かれている。
まるでナツが花畑のなかにいるようで、見ていて思わず微笑んでしまった。
……ボクがクルッポと一緒にナツを発見したのは、本当に偶然だった。
その時のボクは、街外れに住んでいる変わり者のコボルトに手紙の代筆を頼まれた帰り道で、鍛冶屋のクルッポは体力のないボクの用心棒として態々付いてきてくれていた。
その、変わり者の依頼者というのは、変わったガラクタばかりを集めることが趣味の百五十歳のコボルトなのだけれど、彼から依頼を受けるのは五年に一回あるかないかで、しかも、集団で狩りをする猛獣ガルバンが住む森のすぐ近くを通って家まで行くため、のんびり散策もしていられない。
そんな道中で彼女を見つけて、なぜ自分の家に連れて帰ろうと思ったのか。自分自身でもよく分からない。
ボクは昔から街の皆に「頭デッカチ」と言われて育ってきた。
勉強することだけが取り柄で、王城の書記官試験にも受かったけれど、体力がからきしない上に、何でもかんでも論理的に考えてしまうから、思い切った行動ができない。
できない、はずだった。
あ! そういえば、彼女がボクの後ろで服を脱いでいる最中「なぜコボルトは、子ギツネ達にだけ服を着せているんだ?」と聞いてきたんだ。
変なところに目がいくんだなぁと思ったけど、ボクはきちんと説明した。
ボクは誰かに何かを説明するというのが好きだ。これは性分だった。
「コボルトという種族は、大人になっていくにつれて顔や体の模様、性格や声色に特徴が出てくるの。だから、子どもの時にはまだ体に大きな特徴がないんだぁ。
それでも、遠目から自分の子どもがどこに居るか分かるように、お母さん達が出来るだけ目立つような服を作って、それを子どもに着せるようになっていったんだってさ」
まぁ、大切な我が子の成長を、日々大きくなっていく服の大きさから感じたいっていう理由もあるんだろうけどね?
なんとも可愛い親心だよ。そう言ってボクが笑ったら、
「じゃあコボルトの街では、服を着ている私もコボルトの子どもみたいなもん?素っ裸じゃないとダメ?」
なんて言ってくるから、さらにボクはお腹をかかえて笑うことになった。
……そうだ!明日はナツを連れて、街外れの彼の家へ行ってみよう。変わった物ばかり持っているから、もしかしたら人間の服も一着くらいあるかもしれない。
ナツが着ている服……すーつ、だったっけ。あれは人間の着る物としては随分と奇抜でおかしすぎるし、肩の部分も破けてボロボロだ。
それに、黒い髪の彼女に、暗い色の服はあんまり似合わないような気がするからね。
ナツにはきっと、花輪に使われているような、とっても元気な色の服が似合うだろう。そんな気がする。
なんてことを考えていたら、再び先ほどの会話のことを思い出して、「まったく、コボルトにしては大きすぎる子どもだなぁ」と笑いながら、浮かれた気持ちを噛みしめるように、目線を卓上へ落とす。
ボクは先ほどから、王都に向けて手紙を書いていた。
これも、そうだ。思い切った行動なんて出来ないはずのボクは今、ナツのために頑張ろうとしている。
もしかしたらボクは、ナツのことがちょっとだけ好きなのかもしれない。一目惚れなのかなぁ?……とっても綺麗な黒髪だと思ったから。
でも、コボルトと人間が付き合うなんて前代未聞だ。だって、人間とケモノだから。
クルッポに「嫁にするのか?」って聞かれた時、ちょっとドキッとしたのがムカついて思わず否定してしまったけど。
あの時、ナツが起きていたって気付いていたら、もしかしたらボクは、勇気を出して「一目惚れしたんだ」って答えられていたのかなぁ?
だから、本当はね、ナツ。ナツはボクのことを「優しいな」って言ってくれたけど、ボクは本当は、優しいコボルトなんかじゃないんだ。
とても臆病で、自分の気持ちもはっきり言えない、意気地なしの、小さな小さなコボルトなんだ。
「……はぁ」
気を取り直すように、ボクは自分の胸毛を両手で撫で伏せる。今はボクのことなんか、どうでもいいんだ。
ナツの事情を聞いて真っ先に頭に浮かんだことは、近頃王都で引っ切りなしに取り上げられている、召喚魔術のことだった。
召喚魔術は無機物しか召喚できないと言われているから、そこまで深く関係ないとは思うんだけど。
もし誰かが人間を召喚してしまったなんてことがあったら、きっと大変な事態になる。
なぜなら、非情すぎるのだ。元居た世界から無理やり別世界に連れてくる魔術なんて。
「……別世界にある、ニホンか……」
ボクは、「どうか、彼女の話を少しだけでも聞いてあげてほしい」と、数年前、王城で短期間だけ書記官として働いていた時に、偶然知り合った人間の友人に向けて、丁寧に丁寧に文字を書き記した。
その友人の名は、ファウエル・エスカロニア。
銀色の髪をした、召喚魔術の第一人者だ。




