閑話 「森の奥の泉」
森の奥には泉がある。
妖精の泉などではない。ただの泉。
なんの変哲もない水の溜まり場。深さはそこまででもない。いや、森の一角にポツンと存在するにしては意外と深いかもしれないが、少なくとも溺れるという程ではない。森に住む獣達のオアシスと言ったら大袈裟だけど流れる小川に導かれて進むままに自然と行き着いた。そして、今、私達は小川にその身を沈めている。着ていた服も近くにあった木の幹に干して。
あの街を離れて、魔女様に着いてきてなし崩し的に旅に出て何日が経っただろう。日を数える事が出来るならばそれも判明するだろう。持ってきた画用紙に迎えた陽の数を正の字として表せるならば。でも、残念だ。それすらこの世界からは奪われている。
ふと思う。
その陽を奪った存在はどのような存在なのだろう。恐らく、魔女なのだろうが。いや、それにしたって陽を奪う程の力を持っているのならばそれは最早、魔女と言うか世界を作った神にも等しい存在なのではないのだろうか。
暗い森の中。空に浮かぶ大きな月が水面に揺らめく泉の中でそんな事を考える。この世界は広い。この私達を包む泉なんてモノではない程に。それこそ無限大に。
ただ、今は、周りが暗くて良かった。私の貧相な体を魔女様にはっきりと写ってしまう事がないから。
月の白にゆらゆらとした赤色が差す。
魔女様の瞳。水面を見た後、私は目の前に立つ存在に真っすぐ目を向けた。
どこから来たのか分からない。そして、世界から既に失われたであろうはずの存在。いや、本来、世界にいてはいけないのだ。そして、その前に立つこの世界ではありふれた存在である私。対称的でまるで釣り合わない。
「月とスッポン」
そうそれだ。月明りの下の私と魔女様を完璧に表す言葉。
「リリー。どうしたの? そんなにジッと見て」
白い光の中で私を見て、蠱惑的に微笑む。その微笑みに私は引き込まれていく。
「いえ、どうという事はないのですが」
その惹き込みに堪えながら返事をした。少々、声が震えてしまったかもしれない。
「触ってみる?」
やがて、その白くて長い指に泉の中でピクリとも動かせない私の手の指が引かれていく。そこに導かれるように。
泉の中には二人の少女。それもあられもない姿で。
その手に導かれながら、客観的に見ればどこか絵画かのように幻想的なのかもしれないなとぼんやりと思う。
月に泉、水面下にはあの夜空が映る。お互い顔だけを出して、水の中で立つ。濡れた髪。年頃の少女が二人。一人は白く、一人はくすんだ金の髪。
引かれた手もまるで他人事のように引かれるままに触れてはいけない存在に触れさせられる。その陶器のような柔肌に指が沈む。ハマってはいけない沼に引きずり込まれる。
その女性らしい胸の膨らみに、そして谷間に指が沈んだ時、私はやっと我に返る。急いで、指を戻す。
意識をしたら急に鼓動が速くなる。女同士なのになぜか変な気分になった。冷たい水の中にいるのになんだか私の周りだけぬるく感じる。これは私の体温が上がったせい。風邪の時とは微妙に違う体温上昇。甘く、官能的な空気が二人の中に流れる。
だって、「どう? 柔らかかった?」なんて魔女様が聞くものだから。意識せざるを得なくて。道具のように生きて来た私も花が咲いたように芽吹く。心に息を吹き返す。
そして、息を吹き返した私はその気まずい空気に対してどうしたか?
それは笑っちゃう程にお約束に、
「月が奇麗ですね」
なんて風に誤魔化して。止まぬ鼓動は更に加速して。
「そうだね。」
なんて、ある森の一幕。




