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閑話 「暗闇の魔女の話」

まだ世界に陽があった時代。ある街の路地裏。少し、歩けば人の往来が激しい街の大通りに抜けられる。


そこで、暗闇の魔女は夜空に浮かぶ月を見て「ああ、あの月には手が届かないな」と思った。そして、暗闇の魔女は空に浮かぶ太陽を見て「ああ、あれは手に入りそうだな」と思った。事実、手に入ったわけだがそれはまた後の話。


路地裏のごみ捨て場の隣。ここが私の居場所。

ここで日々、ゴミを漁っては食いつなぐという生活を送っている。明日の見えない暮らし。家族という存在も私にはいない。

この資本主義の世界では珍しいただの一匹オオカミ。またそんな社会情勢に合わせず、娯楽も趣味もそしてなによりお金もない。


こんな私を受け入れてくれる場所もなければ、働き口もない。

事実、街行く人々は私の姿を見て、厄介なものを見つけたという顔をする。見たくもないものを見たと苦虫を噛みつぶしたかのような顔を向けては通り過ぎる。次の瞬間には私という存在などいなかったように振舞う。道端でひっそりと息を引き取る獣と扱いは何も変わらない。誰も私を人としては扱わない。


しかし、そんな日々でも当たり前に過ぎていく。寒い夜も、寂しい夜も、お腹を壊す、または何も食べられなくて空腹に苦しむ夜も。


夜は心が落ち着く。辺りは冷えて、地面から伝わる冷たさだけが難点だけれど。街の明かりが全て消えて、青白い月明りだけが残るから。昼には嫌になる程、存在する沢山の人々もいつの間にか消えているから。


人は自分と誰かを比べてしまう。例えば、あの通りを行く親子は幸せそうだなぁとか街で食べ歩きをしている人見て羨む事も。こんな境遇で生きていれば多々ある。


不自由で何のために生まれてきたのかも分からない自分を苛む。地獄のような時。劣等感、不条理、生まれる環境が異なれば、私とあの母子とでは何が違うと世の中の恨み、つらみを嘆く朝と昼。夜はそれらから解放されるから。


ああ、この時間がずっと続けばな。


今日も俯きすぎて首が痛い。ふと顔を上げれば月だけが浮かぶ夜空。あの月明かりは私を見て、何を思うだろう。

と、その時、私のテリトリーに侵入する者がいた。私と同じくらい痩せ細った黒猫。首には鈴等はなく野良猫である事が判別できる。私と同じ社会のはみ出し者。


だからか、辿り着く場所は私と同じ。その黒い毛並みは私に似ている。その黒猫は私の方を、警戒心を持った目で見つめている。暗闇にはその眼が怪しく光る。でも、その警戒はお門違いだ。だから、安心させるように声を掛ける。

「お前も一人かい?」

私と同じく。当然、猫は何も言わない。


ふふ、私も馬鹿だな。猫に話しかけるなんて。だから、もう行くとするか。

「ごめん。邪魔したね。そこを漁れば、多少の食べられる物は出てくると思うよ」

そう声をかけてふらふらと歩き出す。行く場所もなく。

最も、食べられると言っても空腹が紛れるだけ。事実、私は今日、お腹を壊してしまった。足を踏み出すたびにキリキリと腹痛が襲う。頬に冷や汗が伝い、意識が朦朧とする。


そして、歩き出した所で問題が起きる。歩き出して直ぐに倒れてしまった。


どうやら私も死が近いらしい。今まで騙しだまし何とか生きてきたがそのツケが今やってきたらしい。つまりはもう限界。


閉じていく視界。薄れ行く意識。

それを「ああ」と受け入れながら。


そして、もうすぐ終わるという所で、水を差す存在が現れた。さっきの黒猫だ。黒猫はごみを漁るのを辞めて、私の手や顔を舐めている。舌から伝わる湿り気と猫特有のザラザラとした感触。それを感じていると、到底、死ぬことなど出来なくて。

どうやら、私はまだ眠らせてもらえないらしい。


ならば、

「共に行くかい? この暗い夜の道を」

暗い街の中。猫が一声、「にゃあ」と鳴く。その声が誰もいない街路に響いた。

「そうかい。君は変わり者だね」

良い返事が聞けた。そうして、一人と一匹。二つの影が月明りを遮る。

(ああ、でも、この暗い路も二人ならきっと怖くない)


「僕は見届けるよ。君の最後まで。どんな最後であっても、必ず、ね」

そう言って、暗闇の魔女は笑った。辺りは夜の静けさに包まれていた。


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