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第十二話 「夜が明ける」

1


海の先。魔女様の指し示した先には小さな孤島。私達はついにそこへ辿り着いた。


世界の果てには何が待ち受けているのか、とそう身構えていたものの。現れたのは目を疑う程、この世界には似合わない花畑だった。

世界の果てには花畑。そこには赤や黄色、オレンジといったどちらかと言うと、温かみのある花が色とりどりに取り揃えられて咲き誇っている。

(ここが世界の果て?)

目を疑う。

しかし、そう思ってしまうのも無理はない。


なんだか随分と想像とはかけ離れている。今まで歩いて来た場所がおおよそ「終末」と呼ぶにふさわしかっただけに受け入れがたい。なんというかこの世の果てがこんなにもメルヘンチックだと思わなかった。こんなにも安全そうな場所なら私が、私達があの街で全てを諦めて過ごしていたのが途端に馬鹿らしくなる。それくらいには希望に満ち溢れているとすらこの場所からは感じる。

「魔女様、奇麗ですね」

素直にそう思う。見上げると、ついには真上に来ていた大きな月。今までよりも一際、近い。その明かりを受けて、夜風に揺れる花畑。その、なんと奇麗な事か。ここにいつまでも居たいとすら思わせる魅力がある。


しかし、魔女様から返ってきた返答は私の期待とは裏腹に、

「そうだね」

とどこか素気のないものだった。どうしたのだろう。虫の居所が悪いのだろうか。でも、魔女様に限ってそのような事は有り得ない。

あの感情の起伏が薄い魔女様。どうしたのだろう。こんなに安全で素敵な場所だというのに。そんな魔女様を元気づけたいと思って、

「見て下さい。魔女様。この白い花は魔女様のようです」

一輪。手に触れる。近くに寄ってその匂いを嗅いでみる。どこか甘くて上品な香り。

本当に奇麗。それに凛として力強く咲いていて。

「ねぇ、魔女・・・」

様と言おうとしたら、何か邪悪な気配を感じた。前を向くと、何者かが私達の前に立っていた。いつの間にか現れていた。最後の使者が。


2


「やあ、待っていたよ」


その中心には目元を隠すほどには大きな帽子を被った女性がいた。帽子の下には魔女様に負けないくらいの長さの黒髪を持っている。向かい合えばシロとクロ。対称的だが背丈も同じ程で姉妹だと言われてもおかしくはない。いや、これは。

「ただいま。暗闇の魔女」

それを聞き届けた目の前の存在は「おかえり」と迎え入れる。なんだかさっきまでの寒気というか邪悪な雰囲気は嘘のように消え失せた。怪しげな微笑から迎え入れるような柔らかな微笑へ。


ああ、やっぱり。これは魔女か。私もここに辿り着くまでに多くの魔女を見たから。魔女様が言うより早く直感が告げていた。そうでなくとも、目の前にいる魔女様が「暗闇の魔女」と呼んだ存在は今までの魔女とは違いあからさまに珍妙な格好だった。まさに絵に描いたような魔女というような大きなとんがり帽子を身に着ける。それに伴って全身が黒いローブに包まれている。

その暗闇の魔女と呼ばれた存在は私達を一瞥した後、帽子を外す。まるで挨拶でもするかのように。

なんだか随分と礼儀が正しい。いや、そもそも魔女様以外で初めてまともに生きている魔女に会った。(この場合のまともというのは対話をとれるくらいのと言う意味で)というか魔女は生きていたのか。全ていなくなったというのは人々の勝手な思い込みというか願望というか、根拠のない根も葉もない真実だったという事を知る。


暗闇の魔女はまさにその夜空を体現したかのような漆黒に全身を包まれている。そして、そこから覗く白い肌。まるで人形かのように白く整った顔。彼女は帽子をその手に抱えて不敵に笑う。そして、語りだす。


「魔女は世界に災厄を齎した」

暗闇の魔女は続ける。その表情が何を表しているかは読めないが薄っすらと笑いながら。少し雰囲気が魔女様に似ている。

「霧の魔女は死の谷を、炎の魔女は故郷を火の海に、氷の魔女は自分もろとも全てを凍らした。そして、僕、暗闇の魔女は世界から陽を奪った。だから、今も人々は暗闇に囚われている」


今、明かされる事実。

この、目の前の存在がこの世界から太陽を奪ったのか。そして、この月が微動だにしない時の中に閉じ込めているのか。

世界の果てで真実を。

この終末世界を象徴するかのような夜空は暗闇の魔女の仕業だったのか。


「この夜空はどうだい?」

問いかけられる。

「奇麗だろう?」

そう私達に同調を求めるかのように。


「どうも何も、別に気にしてない」

魔女様は冷たくそう言い放つ。

「そう。面白くないね」

そして、暗闇の魔女はさして気にすることなくそう答える。

「じゃあ、君は?」

今度は私。

「私は・・・。」

どうだろう。生まれてこの方、この夜空があったから。とても身近な存在だと思うくらい。けれど、もし望むなら、

「私はたまになら明るい空も見てみたい、なんて思います」

なんだか曖昧な答えになってしまった。

「そう。残念だ」


「私はこの空が好きだ。この深く包み込むような夜空が。私はここでずっと過ごしてきた。ここで何をするわけでもなくただ、星空を見上げてね」

そして、今まで幾度となく眺めて来た夜空を見上げる暗闇の魔女。

「でも人々はこの夜空を見て寂しいと思うようだ。生きる希望をなくして諦めてしまうみたいだ」


確かに。私の過ごしていた街でも誰しもがそうだった。

察するに人は皆、知らず知らずの内に明るさを求めるのかもしれない。私もそうであるように。街で皆が屋内に籠もり電気を点けるように。人の心とはそうできているのかもしれない。皆、誰しもがその心に安寧や安心できる居場所を求めて彷徨っているのかもしれない。

「まあ、別にそう望んだわけではないのだけどね。ほんのちょっとの好奇心だったんだ。結果としてそうなってしまっただけで。人間からすれば迷惑だろうね。しかし死すら奪われて。溢れ出る力を抑えられず意思とは無関係に溢れ出る。どうやら、魔女とはそういう運命の下にいるらしい」

すなわち、災厄を産む存在。そして悲しみを産む憐れな存在。

「どの魔女も抗えなかった。だから、世界は滅茶苦茶になってしまった」

そんな風に他人事のように呟く暗闇の魔女。

「でも、君は。この世界に現れた最後の魔女。そうだな。灰の魔女とでも呼ぼうか」

灰の、魔女様。

「白々しいね。貴方が私をこの世界に呼んだのでしょう?」

「いや、そんなつもりはないよ。君は流れ着いただけだ。それともそういう運命とでも言った方が良いかな」

二人の会話は噛み合っているようで噛み合っていない。いや、暗闇の魔女が曖昧にはぐらかしている。


灰の魔女。散り行く世界を灰に変えて来た魔女様の異名。確かに魔女様を定義するとしたらそれ以外には有り得ない。

いや、それよりも疑問を抱くのは二人が知り合いのように話している所だろうか。


でも、部外者の私には口を挟む権利はない。魔女には魔女の。それぞれ同格の存在にしか分からない事情というのがあるのだ。多分。

「さぁ、灰の魔女改め、最後の魔女、君は何を望む?」

暗闇の魔女はそう問いかけた。


2


「でもまぁ、結論を急ぐ前に、世界の果てまで来た君たちには特別に教えてあげよう」


「何か聞きたいことはあるかい?」

僕は長く生きているから。

と暗闇の魔女が良い終わる前に、

「戦わないの?」

魔女様はどこ吹く風。既に臨戦態勢。問いかけにあろう事か魔女様は質問を返した。

「戦う? なぜ?」

案の定、暗闇の魔女は呆気に取られている。流石に魔女様のペースに付いてこられなかったらしい。でも、私は、ここまで行動を共にして来た私は魔女様のその突拍子もない様子にどこか安心してしまう。

「いや、だって貴方が悲しそうだったから」

「悲しい。そう。そう見えるかい?」

「うん」

悲しいから戦う。そこには結びつかないと思うが。

「でも、悲しいからと言って戦う事を選ぶなんて君は随分な戦闘狂なのかい?」

暗闇の魔女も私と同じことを思ったのか身も蓋もなく言及する。それどころか、堪えられないというように腹を抱えて、笑っている。それどこか笑いすぎて目尻に涙まで浮かべている。

「違うけど」

笑われた事に腹を立てたのか魔女様がすかさずむきになって反発する。

「でも、楽になるかなと思って」

魔女様が訳を答える。

「全く、君は本当に魔女に相応しい。でも、残念だけど戦うつもりはないよ。だってこの世界はただ終わりを迎えるだけだからね。僕たちが戦った所で意味はない。ただ虚しくなるだけさ」

「そ。じゃあ私は何をすれば良いの。何の為に私をここまで呼んだの?」

「だから呼んでないって。それに、何をするかは君が決める事だ。何を望むかだ。もっとも君のその力は紛れもなく終わりを齎す力だけどね。それは覆しようがない。事実、君の力は草木を消して、生き物を消して、そこに宿る命を摘む力だ。ここまでもそうして来たのだろう」


確かに全てを灰に変えてきた。あの街も、男も、人々も。私は全て見て来た。

でも、私は・・・。

いや、これは魔女様が決める事だ。付いてきた私が口を出す事ではない。

「うん。そうしてきた。だって、そうしたくなくても勝手にそうなるから」


「そう、それなんだ。僕たちの魔女の力は意思とは無関係で行使してしまう。困った事に」


それを皮切りにして、三度(みたび)問う。

「魔女がなぜ生まれたか知っているかい?」

暗闇の魔女はどうやら魔女様に言わせれば「無駄話」が好きそうだった。

「知らない。別にどうでも良い」


魔女様はどうでも良いと答えた。けれど、私は興味深かった。なぜ、それはつまり何のためか。彼女たちはなぜ災厄を引き起こしたのだろう。

「ふふ。君らしい。けれど、君がそう言うように私もまた分からないんだ。多分、誰も知りえないだろうね」

暗闇の魔女はあっけらかんとそう言い放った。分からないとただそれだけ。私の顔を見た暗闇の魔女は笑みを深め、

「世界って理不尽だろう。産み落とすだけ産み落としてほっぽりだして」

そう語る暗闇の魔女の表情は読めない。

「魔女も人も、お互い、散々、傷ついたというのに」

ただ、誰も何も言えなかった。


「でも、例えば世界なんて滅んでしまえ、とそう思っことはあるかい? もしくはそれに準ずるような気持ちを。多分、誰しもが強い理不尽を受けた時に恐らく抱く、であろう気持ちだと思う。それは怒りだ。世界に対しての憤り。頭が沸騰し、目の前が真っ赤に染まるくらいの。私は思う。その怒りこそが魔女を産んだのだと。それが、たまたま大きな魔力を持った少女と合わさりこうなった。それがたまたま一国を覆う程に大規模だっただけ」

ただ、それだけ、なのだから。


「ふふ、これでは世界が悪いとも言えないね。ただ勝手に生まれただけかもね。でもまぁ、それを知った君は改めて。何を望むのかい」


「私には関係ない。だって、私はこの世界の外から来たのだから」

「ふふ。一理あるね」

魔女様は何を望むのだろう。

この旅を通して、様々な物を見て、触れ合って何を思ったのだろう。

「おっと、その前にこれを渡さないと」

忘れていたよと自らの服の内をごそごそと漁る暗闇の魔女。かと思えば、その体に見合わない程度には長い杖をどこからか取り出す。


「これは何かという顔をしているね」

「別に」

魔女様は相変わらず冷たい返事。暗闇の魔女は軽く笑う。久しぶりに会う旧友かのように。なんだかその軽口を叩き合う様子は仲睦まじく、どこか羨ましい。

「これは君の力を存分に発揮するための唯一の道具だ。ここに来るまででもそれぞれの魔女は道具を持っていただろう。私の場合はこの帽子なのだけどね。他の魔女の道具は。おや、どうやら君の友達が既に身に着けているね」


そう言われて、私は慌ててそれらを外す。なんだか申し訳ないような気がして。地面へ置いた。

「いや、別に良いんだ。最も、そのどれもが彼女達にはもう必要のないものだからね」


「まあ、それは良いとして。そして、この杖はなんと、世界に一つしかないのだよ。とても貴重だろう。そしてなんでそんな君の杖を私が持っているかと言うとね」

とどこか誇らしげ。胸を張って、語り始める。

「良いから。早く渡して」

そんな得意気になった暗闇の魔女を切って捨てる。

「全く、せっかちだなぁ。僕は久しぶりに誰かと話せてこんなにも喜んでいるというのに」

少しは説明を聞こうという気持ちはないのかと非難。でも、そう言いながらも律儀に杖を渡していた。

「ねぇ、君もそう思うよね」

突然、私に振られた。

「いや、私は・・・」

困るばかり。魔女に挟まれて、何を答えればよいか分からない。

「良いから」

そうこうする内、隣にいた魔女様が痺れを切らす。話が私に振られた途端、魔女様が不快感を露にする。私をその身に抱き寄せてくれる。魔女様の胸が当たり、どこか安心する。

「おお、怖い、怖い。少し、ちょっかいをだすだけでこうも不機嫌になるなんて」

まるで手負いの獣だと。

それか君の事はよっぽど気に入っているのだねとひょうひょうとした様子。


「君、名前は?」

再度、私の方を見て。

「リリー、です」

私は未だついていけないまま、名乗る。

まぁ、この名も魔女様に付けてもらったものだけど。

「そう。リリー。良い名だね。僕も百合は好きだよ」


「そうそう。ここにも咲いていてね。上手く育ってくれて・・・」

そこで暗闇の魔女の言葉が途切れる。私の隣を見つめている。

「驚いた。全ては灰に帰すというのにその花だけは変わっていない。その白い百合の花だけは残している。君にとってそれはよっぽど大切な物なのだね。それとも無意識によるものかい?」

「・・・・・・・。」

魔女様は何も言わなかった。


でも、リリーってこの花の名前だったのか。旅の最後になって初めて知った。


3


「では、僕はもう用済みだ。消えるとしよう。一思いに灰にしてくれると助かるよ」

「うん。分かった。灰にする」

遠慮のない返答。その一も二もない返事は、並みの人間ならば恐怖するべき場面だが。

「はは。容赦ないね」

でも、安心するよと。

「君の灰は特別だ。あの魔女ですら終わりを迎えられる」

遠くを見つめるように。


やっぱり、魔女様の灰は終わりを迎える力なのだ。さながら、この中途半端な終末世界へはっきりとした終末をもたらす使者といったところだろうか。

「それはこの世界のルールを無視したものだ。でも、同時に・・・」

言いかけた、暗闇の魔女を魔女様は睨む。

「おっと、喋り過ぎたね。僕はそろそろお暇するかな」

お暇、それの持ち合わせる意味。それは死。


「あ、でも、その前にやるべき事がある」

と。思い出したかのように。そして、「君たちも付いてきて良いよ」なんて背を向けて歩き出す。


暗闇の魔女が向かった先はお花畑の奥、ある一つのお墓だった。

そうか。最後にしたい事はお墓参りだったのか。

墓石に刻まれた名は「よる」と。

「これは誰のお墓?」

魔女様がそれを見て聞く。


暗闇の魔女は慣れた手つきでお墓に水をかけ、花を供えながら、

「ああ、これはかけがえのない友のものさ。僕のたった一人の」

と。


暗闇の魔女の友達。それは一体どのような存在なのだろう。

気になったが、暗闇の魔女はそれ以上、語る事はしなかった。ただ、黙々と。


魔女様もそれを見て、

「私も手伝う」

と手を差し伸べる。そこから三人で手を合わせて祈る。


祈りながら、暗闇の魔女は唐突に話し始める。どうやら私の隣にいる魔女様しかり、魔女と言うのは唐突に物事を語り始める存在みたいだ。


「魔女と言うのはね。なんでも自分の思い通りに変えられると思われているかもしれないが、そんな万能な力を持っている訳ではないんだ。だって、そうだろう。元は人。確かな弱さを持ち合わせている。それに、万能な力を持っていたら、元より災厄なんて起こしていないんだ。意外と不自由と言うか子供のように我儘を突き通したり、溢れ出る魔力を垂れ流したり。どちらかというと傍迷惑で未完全な存在なんだよ」


「でも、良いさ。もう全て済んだ。だって、もうすぐこの世界は終わるのだから」

君たちも心のどこかで感じていただろうと。

最後の最後に大きな爆弾を残して。


祈り終わった後、

「じゃあ、お願い」と暗闇の魔女は手を差し出す。

それはあっさりと、握手をするように。

「本当に良いんだね」

最後通告。魔女様は改めて確認を取る。


魔女様はその手に触れる。握手をするように握る。


「余計なお世話かもしれないけれど、君の様子を見たらどうにも言いたくなったから最後に言っておくね」

暗闇の魔女はそう言う。

「パンドラの箱に最後に残ったのは希望だ。さて、君はどうする。今までこの世界に現れた魔女は私を含めて災厄しか起こせなかった。どんなに抗ってもね」


「もう、本当に余計なお世話」

「はは、手厳しいね」

そうして暗闇の魔女は灰となり、光となって消える。その光は夜空に昇り、やがて夜空を突き破る。突き破った先は眩しくて見えなかったけれど、次に目を開けた時には、もう天から一筋の光が注いでいた。


その天から注ぐ光の階段を暗闇の魔女は昇れただろうか。昇れたら良いなと心から思う。出会いから別れまでほんの僅かだったけれど私はどうしても憎めなかった。例え、世界を災厄で満たした魔女の一人だとしても。


でも、憎めない理由は驚くほどに単純。

それは暗闇の魔女がどこか魔女様に似ていたからかもしれない。


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