第六話 「炎の街」
1
質問 炎に包まれた中で人は生きられるだろうか。
答え。恐らく数分しか生きられない。
それも、長く見積もって、だ。しかし、今の私から言わせれば答えは生きられる、だ。無論、異論は認める。火が怖いのは元より、それより恐ろしいと言われているのは煙という。煙によって人の身は苦しめられる。呼吸器から先に段々といかれてくるはずだ。けれど、それは普通の火である場合だ。けれど、それが魔女によって生み出された火だとしたら。枕にその事柄が付け加えられるだけでそれは人知を超えたものとなる。それはどんな事でも起こりうる。だって、今の私がそうなのだから。何よりもそれが証明なのだから。
不思議な事にそれになった途端、前提が覆り全ての物事が常識で考えるべきではなくなってしまう。
それか、それらは全て私の唯の勘違いで、炎は平常通り熱くその身を焦がす。その熱い炎に対して、私の感覚が麻痺してきているだけかもしれない。その可能性もまたあるのかもしれない。
(どっちだろう)
その答えは幾ら考えても出なかった。
洞窟の奥には楽園が広がっていた。なんて、間違ってもそんな甘い現実はなくいつまでも、そして相変わらず暗くジメジメとした世界が広がっている。いや、ある意味では明るいかもしれない。それも目が痛くなるほどに。しかし、目に入って来る現実は、魔女様にとっては分からないが少なくとも私にとっては信じがたい程に受け入れがたい。それ程までに酷で。初めて目を背けたくなってしまう。
谷を越え、洞窟を抜けた私達が今歩いているのは街。そう、街だ。人々が身を寄せ合って互いを補い合う場所。私が生活をしていた場所と同じ。そこに間違いはない。それが普通の街であったなら。けれど、そこはただの街ではない。無論、ただの街の光景などこの世界ではもう拝むことは出来ないのかもしれないが、その中でもこの街は常軌を逸している。
その街はただ、燃えていた。それだけ。街も人も何もかも炎の海。建物は石で出来た枠組みだけが残って後は全て消失。それらが数えきれないほど連なって。
魔女の仕業。
この光景を見た時に、私の頭の中にはすぐにそれが浮かんだ。こんな有様を引き起こせるのは魔女しかいない。それが分かっているから。魔女がいつこの街を炎で包んだかは分からないが私が生まれるより前に魔女が絶えた事を顧みると随分と長い間、燃えていたことになる。
事実、炎に包まれていると言っても大半は最早、炭と化していた。しかし、問題はそこではない。
建物など別にどうでも良い。
問題はこの街で暮らしていた、であろう人々の存在だ。彼らもまた建物同様、燃えていた。しかし、彼らは消失せずにまだ生きている。生きて彷徨い続けている。消えぬ炎に苦しみの声を上げて、全身真っ黒に炭と化した体を引きずって。苦しみの涙は出ない。何故なら、どこが目でどこが口なのかもその体からは判別が出来ないからだ。肌がドロドロと燃え落ちて体の線と言う線が、境界、その全てが燃えて。そもそもこんな状態になってまで動いている方が異常なのだ。
だから、これはこの地に現れた魔女の炎を浴び、死ぬことすら奪われているという事を意味する。死ぬほどの苦しみを味わっているというのになお死ぬことすら出来ない。
これらの歩いている存在がただの炭ではなく、この街で元々暮らしていた人々だと分かった所以。それは真っ黒な人々は声を上げるからだ。呻くような、苦しむような声を。
私はその光景を見て息を飲む。もし自分がここで生活していたら今、目の前を横切る存在のようになっていた。その恐れから。そして、そうならなくて良かったと安堵する自分に嫌悪を抱いて。
炭になった人々に口はない。声帯も失われているはず。けれど、私達に構わず彷徨い続ける人々は苦しそうなうめき声を上げている。それらは誰かを呪う呪詛のように街の中に響いていた。最早、これは執念? それか、もしかしたら炎の魔女は苦しみの声を上げる事は許したのかもしれない。
「魔女」という存在は人の命までも弄ぶのか。
そう思わずにはいられない。
2
魔女様と私は街の中を散策していく。人々の間を縫うように、彷徨っている彼らの邪魔をしないよう注意をして。すると、視界の端で炭と化した内の一人が転ぶ。
思わず手を差し伸べそうになる。
でも、手を差し伸べたとしてどうなるだろう。
彼らはもう目が見えていない。だから、手を伸ばしたとして、彼らはもう掴む事はない。それに、何のために生きているのか、もう分からない。閉ざされた未来。呻くだけの道具と化して。
今、彼らは何を思うのだろう。
明るくパチパチと燃える炎の音が聞こえてくる。それを聞きつつ、私は心の内にそんな疑問が芽生えた。
あの森で魔女様と過ごしたひと時は、今は夢のよう。なんだ、この世界は言われているよりも「意外と安全ではないか」と思っていたあの時の自分を殴りたい。直ぐに目を覚まさせてあげたい。
谷からちょっと打ちのめされていたけれど、今それを実感。
きっと地獄があるとすればこんな風なのだろうか。地獄の窯を煮詰めたら、この場所が生まれるのだろうか。
私は分からない。分かりたくもない。こんな場所を、こんな光景を生み出した魔女の気持ちなど。何一つとして分かりたくはなかった。
もう何も考えたくはない。
3
私は怒っているのだろうか。歩きながら、自問自答。されど、答えは出る事はない。けれど、足を汚す煤、それに苛立ちだけを覚え蹴り上げた。
行き場のない怒り。やるせない気持ち。それらを抱えて。
私が選択したのはただ俯く事。目の前に広がる景色から目を背ける事。そうしていれば、何も考える必要はないし何も見ることもない。それでも聞こえてくるうめき声。例え、私が目を背けてもその声は私の心を波のように揺らす。
本当に情けない。今の私を誰にも見られたくなかった。例え、魔女様にでも。
今度は耳を塞ぐ・・・はずだった。しかし、酷い眩暈に襲われてそれは出来なかった。前を行く魔女様の背中が幾重にも見えてぼやけた。喉の奥に熱いモノが込み上げた。気持ち悪さから吐いてしまう。私の体から出た吐瀉物。溜まった鬱憤を、不満を全て形として見えるようにしたのかと思う。
ああ、私は確かにこんな風に薄汚れてしまっている。
そんな事を思い、私は立てなくなった。
4
パチパチと音がする。目が覚めると、私の体には毛布が掛けられ、焚火の傍で寝かせられていた。そして、焚火を挟んだ向こう側では魔女様が本を開いている。
「やっと目が覚めた。急に倒れたけど、大丈夫?」
「あ、はい。ごめんなさい。突然、気持ち悪くなって吐いてしまいました」
ああ、私はやっぱり柄にもなく落ち込んでいる。それに結局、見られてしまった。私の情けない姿を。
「ううん。それは大丈夫だけど。まだ起き上がらない方が良いよ」
謝って起き上がろうとする私に「起き上がらない方が良い」という魔女様。
「それに、リリー。辛そうな顔してる。だから、今はゆっくりと休んで」
そうだったのか。私は今、辛そうな顔をしているのか。それも感情が希薄そうな魔女様にも伝わるくらいには。
ならば、私は何がそんなに辛いのだろう。この街の人々を見てからだ。正確には、炎の魔女の起こした災厄によって今なお犠牲になっている人々の様子を見てから。
同情しているのから。
ふふ、同情?
あの私が?
あの街で一人、世界に絶望して何もかも諦めて過ごしてきた私には程遠い感情。他の人などどうでも良いと思っていたのに。いや、それこそ同じ道具だから共感しているのか。人は人を辞められない。だから、同じ人間である私はこの光景を見て、不愉快になったのだろう。どちらかは分からないがギュっと押しつぶされそうな気持ち。
けれど、叫びたくても叫べない。この街に居る限りは、いや、この先もこの胸のわだかまりは取れないだろう。この先、火の明かりを見る限り、あの光景を思い出すのだろう。その憂鬱さを抱きながら。そこで「あれ?」と気づく。
今更ながらあの耳障りなうめき声が聞こえなくなっていた。そもそもあれだけの数だ。それこそ、街に居る限りはどこであろうと聞こえてくると思っていたのに。思わず、問いかける。もしかしたら街の外かもしれないと思って。
「魔女様、ここは?」
街の中だとは思う。けれど、さっきまで歩いていた人々の姿はない。従ってうめき声も聞こえない。辺りには心を落ち着かせる火の音が響く。
「うん? 街だよ。さっきと同じ」
そうして周りを見るよう促される。
「変わっていないでしょう」
ならばここは街の中なのか。いや、でも。いや、もしかして。ある予感が胸を貫く。
「歩いていた人々は灰に変えたのですか?」
「うん。うるさかったし」
その至極簡単な回答に私は思わず笑う。魔女様は当たり前かのように言う。その答えを聞いて、なんだか気が抜けた。振り返れば、柄にもなく随分と気が重くなるような事を考えていた気がする。やがて私の後に続いて「ふふ」と笑った。
明らかに普通ではない。
だって、うるさければ人を消してしまおうとは思わないだろう。思えば、魔女様だって街の男を始め、そしてこの街で彷徨っている人だったものを含め多くの存在をその手にかけて来た。灰にして消滅させてきた。もちろん、灰にした時に、血液などは出ないけれど人を殺めるという行為と同義に見える。
むしろ、灰にする事で骨すら残らないのだからより残酷かもしれない。その存在の生きていた面影がなくなるのだから。しかし、目の前の方はそれをしてもケロッとして、いつもの通り表情を崩さない。けれど、今の私はそのいつもと変わらぬ魔女の姿に責める所か安心してしまう。同じ人を手にかけているというのに。なれば、私も普通ではないのだろう。
「それに、リリーも辛そうだったから」
「だから変えた」と、焚火の煙を、夜空に浮かぶ月を見ながら話す。
私は何も言えなかった。ただ私が寝転がる下にある灰は温かい。さっきまで燃えていたからか。文字通り体を、命を。それを肌で感じ、自然と涙が零れる。その涙は土のように積もる、その真っ白な灰を湿らして。
この世界で過ごしてきて、涙を流すのは二度目。一度は谷で魔女様が目覚めなかった時。そして、二度目は今日。この涙がどんな気持ちから溢れて来たのかは分からない。今まであの街でどんな扱いをされても流す事はなかった涙。例え、その身をどれだけ汚されても、傷つけられても涙だけは出なかったのに。
街にいた時はもう枯れたと思っていた。絶望に慣れ過ぎて、諦める事に慣れ過ぎて。だって涙を流しても何も変わる事はないから。それを知っているのに、この涙は止まる事を知らない。嗚咽が止まらない。溢れ出す気持ちが止まらない。
しばらくの間、泣いていた。私が泣いている間、魔女様はいつも通り、夜空に浮かぶ月を眺めていた。
5
というかこの世界を詳しく知ってから、漏らしたり吐いたり涙を流したり散々だ。よく今日まで付いてきているものだ。こんな思いをしてまで。
「ねぇ、リリー、この世界は辛い?」
袖で涙を拭う私に問いかける。その問いに私は答えられないでいた。
確かに辛い事もあるが、良い思い出だって私の頭には巡ったから。それに、幾ら辛かろうが一度眠れば明日がやってくる。
「・・・・・・。」
「分からない? じゃあ、こんな世界にした魔女は憎い? 消したいと思う?」
魔女様はなおも問いかけてきた。
魔女は憎いか。そんな問いを。
「分かり・・・ません」
正直な気持ちだった。貴方の前でそんな事、言えない。真っ直ぐに見つめてくる魔女様の視線に耐えきれず俯きながら答える。だって。
だって、それを肯定したら貴方まで否定してしまう。そう思ったら私は何も言えなかった。
私の答えを聞いた魔女様の表情は分からない。
「そう。」
そして、そう答える魔女様がどんな気持ちなのかも分からない。
「でも、生きていくのは大変だよね」
それにはコクリと頷いた。
「ねぇ、リリー。お菓子は好き?」
お菓子? さぁ? 聞いた事はあるけど食べた事はない。だから好きかどうかも美味しいのかどうかも分からない。
(さぁ、すみません。食べた事がありません)
どうだろう。こんな答えで良いだろうか。心の中で。
口に出すべきか迷う。返答に困る私をよそに魔女様はポケットから何やら包を取り出して破き始める。そして、取り出したそれを私の方に向ける。私はどうすべきか分からず、困り果てていた。すると、手を差し出すよう促される。散々、迷った末、私はそれを受け取った。
魔女様は時々、突拍子もない事をする。今も街でも谷でも。
「クッキーって言うの。美味しいよ。この世界に来る時に何故かポケットに入っていた。あの世界、私がいた所から唯一、持ってこれたもの。リリーにあげる」
たった二つだけだけどねと。
甘い匂いを放つそれに恐る恐る口を付ける。それを食べて、さらに涙が出た。
「私はね。辛い事があると何か甘いものを食べるの。そうすると、辛いっていう気持ちが少し和らいで明日も頑張ろうってそんな気持ちになる。もちろん、空回りしてしまう事もあるけどね。食べ過ぎては何をしているのだろうってさらに落ち込む時もある」
「一朝一夕」ではあるんだけどね。と。
「でも、食べている間は少なくとも、幸せだよ」
知らなかった。魔女様でも辛いと思う事があるのか。すると、魔女様は包をもう一つ取り出して自分の口に運んだ。一口ばかりだけど。
「うん。いつも通り美味しい。リリーはどう?」
舌にはザラザラと砂糖の感触がして甘みが広がる。
「とても美味しいです」
そう、本当に。涙のしょっぱさをかき消してしまう程には。
「そう。役に立って良かった」
味わって食べていく。
「本当はケーキとかも持ってこれたら良かったんだけどね。それは無理だった」
魔女様は他にも色々挙げては、「でも生ものだからなぁ」などと一人の世界に入っていた。
魔女様の口から上げられる名前の大半は伝わらない。しかし、丸きり異国の食べ物、という訳ではない。ケーキは私でも知っていた。知っているだけで食べた事はない。街でお金持ちの子供が買ってもらっていたのを昔に見た事がある。私は当然、ショーウィンドウに並ぶケーキを物欲しそうに眺めていただけだった。
(いつか、今日のように魔女様と共にまた二人で辛さを分かち合いながらこの思い出を語れる日が来るのだろうか)
それこそ今日のように。
でも、これはいつかの夢に取っておこう。
幸せって何だろう。
そうして私はふと考える。パチパチと辺りに立ち込める煙を眺めながら。それは分からない。ただ、私が今、抱いているこの温かい気持ちを幸せというのならこの気持ちが広がれば良い。そして、今の私のように夢を見られればなお。そうすれば、世界はもっと素敵になるというのに。
ああ、幸せってきっと夢を見る事だ。少なくとも私の中では。決して叶う事はない思いに気持ちを馳せる事だ。
二人で無言にクッキーを食べる。すると、匂いに誘われたのか、建物の影から何かがふらふらと寄って来た。
まだこの街に残っていたのか。
寄って来たそれは恐らく犬だ。いや、犬だったものだ。真っ黒に焦げた四本の脚それと尻尾。四足歩行からなんとこれまた真っ黒な尻尾からなんとか判別出来た。
魔女様はその姿を見ると、「こっちだよ」と優しく声を掛け、持っていたビスケットを少し砕いて地面に置いた。寄ってきた真っ黒で小さな者はそれに口を付ける。
「おいしい?」
犬のような存在はゆっくりと尻尾を振った。
「そう。頑張ったね」
魔女様は労うかのような温かな目でその犬の頭を撫でた。撫でられた犬は尻尾を振り続け、やがて灰となる。
二つあったクッキー。それは、一つは私。もう一つの大半は犬に。
幸せとは、幸福とは何か。その自問自答、そして先程、導いた思いを魔女様に話そうか迷う。無性に共有したかったが、でも、二人の間に流れる空気はそんな雰囲気ではない。
だから、まだ。
でも、多分、いやきっと私の幸せの理由(新たな夢を見られる理由、そして傷ついた心を溶かしてくれた)は身近に―――。
いや、この続きは旅の終わりにしよう。旅の終わりに伝えよう。それまでは私の胸の内に閉まっておこう。
街のあちこちで周りにいる人へ、動物へ、声を掛けては消滅させていく魔女様。でも、その消滅した先へあるのは、待ち受けるのはそこまで悪い所のようには私には思わない。例え、あの世という所があるとすれば、そこだ。そこへ一人、一匹、また一人と送っていく。精一杯の慈しみを込めて。炎なんかよりも温かい心を持って。
そして、そうする内に、魔女様の周りに彼らが集まって来た。集まって来た中には、色々いる。それは、女性のようだったり(胸の膨らみから分かる)、赤ん坊だったり、人ではなく動物だったりこの地で生きていたもの。皆、ふらふらと一人、また一匹、だったり。一様に、死を求めるかのように。
死は救済とは言わないけれど。少なくとも長く苦しむよりかは楽になれる方が幸せだろう。なぜだか、私は今、魔女様が世界を救う聖女に見える。魔女なのに。正反対の存在なのに。私はそう思わずにはいられなかった。
その姿を絵に納めながら考える。
世界は悲しみで満ちている。けれど、それだけではない。少なくとも、今の魔女様の姿を見て私はそう思う。魔女様の「世界は辛いか、魔女は憎いか」という問いに対して明確に答えられる答えは未だ、私の胸の内にはない。それに通ずるきっかけは一片掴めたかどうかくらい。けれど、今はそれでよいと思った。
「行こうか」
魔女様はそう言った。
6
「見えて来たよ」
街の中心。大きな広場。そこには磔にされた魔女がいた。身ぐるみを剥がされ、裸の状態で磔にされていた。炎の魔女は赤い髪を持ち、少し勝気な赤毛が印象的な若い美しい女性だった。これが恐らくこの街をこんな風にした元凶だろう。しかし、今の私はその魔女を見ても何も思わない。
炎の魔女の体には何一つ異常は見られない。その目は、眼だって開かれていて。しかし、様子が変だ。それに、辺りには怪しい薬の瓶のようなものが転がっている。その端正な顔は眉一つ微動だ、にせず、その赤の瞳も焦点が定まらず、また瞳の奥の光も失われている。彼女はただ磔にされた柱にて、自らの重さで前のめりになりつつも括られるだけ。しかし、彼女はまだ生きている。呼吸を繰り返している。
近くによれば何やらブツブツと呟いている。消え入りそうな程、微かな声で。しかし、確かに何かを呟いている。光を失った目で何事かを地に向けて話している。歩み寄り、耳を澄ませてみる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
まるで壊れた人形かのようにその言葉だけを繰り返す。
並みの人ならば気軽に耳を澄ませたことを後悔する程には彼女は壊れている。まともではない状態でただ謝罪の言葉を繰り返す。その姿を見た所で私は別に。ただ、目を逸らす事はしない。それは他ならぬ炎の魔女に対して申し訳なく思ってしまったから。冒涜にも等しい行為だと私の中で思ってしまったから。だから、私は瞬きすら惜しんで見守っていた。目が乾いても気にせず、ずっと逸らさずに。
ふと思う。
この謝罪はあの既に人と呼べるかも怪しく、言葉も響かない人々に対してなのか、
それとも自分の罪に対してなのかという事を。また、冷たいけれど、この謝辞に意味はあるのかとも。
けれど、それは本人にしか分からないのだろう。
だって私は、炎の魔女にもこの街に起きた災厄の背景も何も知らない部外者なのだから。
ならば、外野である私達がすべきこと。それは自由にさせてあげる事だ。何も干渉せず、触れず見逃すのみ。
人も魔女も、生きる気力を失うとこのような末路を迎えるのだ。私はそれを知る。
その瞳の奥には何を映し、どのような心理を抱くのか。生きながら死んでいる。その残酷な真実をどう受け止めているのか。本人にしか分からない。生きながらにして地獄。けして救われる事はない。
魔女様も彼女の存在を灰に変える事すらなかった。私達は、彼女を中心にして囲むように(拒絶するかのように見えた)燃え盛る業火の外で彼女の瞳に映る炎を見た。
やがて魔女様がその炎の中に身を投じる。魔女様は裸足にも関わらず、
(熱くないのか)
と疑問に思わなくもなかったが、きっと魔女様なら大丈夫なのだろう。だってあの魔女様だ。谷でその身を真っ二つにされようとなんら変わらず生きられるのだ。思えば、私も随分と慣れたものだ。その魔女様の様子を見ても心に波が立つこともない。ただそう言う物だと受け入れられる。
「このローブは貰っていくね」
磔にされた魔女の隣を通り過ぎる直前、魔女様が炎の魔女の磔になった柱の隣に畳まれていたローブにそっと手をかけ、その後、通り過ぎる。そして、私はその元凶の姿を見てももう心は揺れる事はない。この街に来て、人々を見た時にはあんなに震えたのに。それが、今は。
なぜなら、この街にはもうこんなにも幸せが満ちているのだから。目の前の魔女様の手によって。
それどころか灰にすら変えてもらえない炎の魔女の存在を憐れだと思う。もう誰もいない街で一人、消えぬ炎に包まれて。
彼女は未だ生きている。きっと永遠に自らの罪という業火にその身を焼かれながら、自らの炎を眺めては戒められながら。
いつの間にか、私の元へ歩み寄っていた魔女様。私の隣で呟く。
「こんな世界で、こんな出来事を引き起こしてもこのローブはとても暖かい。不思議だね。心は寒いに決まっているのに」
その言葉を締めくくりにして、私達は歩き始める。炎の街を越えていく。
「これはリリーにあげるよ」
きっとこの先に役に立つとローブをその身にかけられた。私も「はい」と頷くだけ。魔女様は何でもかんでも私に下さるから私の持ち物が勝手に増えていく。でも、確かにそれは魔女様が言うようにとても温かい。ポカポカと私を迎えてくれる。
谷のように元凶である魔女を消せば炎は消える。あの死の谷で霧の魔女を消した時に、辺りが晴れ渡ったように。けれど、そうしようとしないのは魔女様なりの配慮なのだろう。
私はそんな魔女様の判断を尊重する。
(だって、私は付いてきているだけだから)
全ては魔女様の導きのままに。全ては魔女様によって決まるのだ。私にそんな権限はない。だって私は記録するだけだから。




