倍賭け(ダブル・オア・ダブル)の狂宴
地下ファイト場での『ジャッジメント』との死闘から、3週間。
力武の破格の破壊力と、伊勢谷の計算し尽くされた一撃、そして拳士の決死のカウンターにより、国庫庁の試作機は砕け散った。だが、勝利の余韻に浸る暇もなく、国庫庁から全ボクサーへ冷酷な通達が下された。
『特別タッグトーナメント開催』
勝てばベットした寿命の「倍」を得る。負ければ「倍」を失う。
バンタム級の拳士に提示されたベット額は「3年」。勝てば6年を得るが、負ければ6年を即座に徴収される。現在の残量は約15年。6年を失えば、ボクサー生命の半分以上が吹き飛ぶ。
「倍返しか。試験場で特異体質(俺たち)を炙り出した挙句、今度はタッグ戦でまとめて命を整理しに来やがったな」
拳士はドヤ街の安宿で、赤い光を放つウォッチを眺め、低く呟いた。
翌日から、熊沢ジムに奇妙な顔ぶれが揃った。
ジムの主である熊沢。雪駄を鳴らして腕を組む竹原。そして、前回の死闘を経て拳士の「熱」に当てられた畑山隆則——彼がスパーリングパートナーとして陣取っていた。
「タッグ戦は一人を倒しても終わらねえ」
畑山がバンテージを締めながら言った。
「相手の連携を崩し、一瞬の隙に二人分の命を叩き潰す体力が要る。俺の熱に耐えられねえようじゃ、倍の寿命なんて奪う前に蒸発するぞ」
「分かってるよ。やってやる」
特訓は凄惨を極めた。熊沢が拳士のフォームの微細なズレを修正し、畑山が限界を超えた密着連打でプレッシャーをかける。その背後で、竹原が湯呑みの酒を煽りながら冷たく言い放つ。
「拳士。お前はまだ、6年を失うことを『損』だと思っとる。その計算が、足を鈍らせとるんじゃ」
畑山の拳が拳士のガードを弾き飛ばす。
「6年が怖いなら、最初から自分の命を全部拳に乗せて叩き返さんかい。ボクシングいうんは、数字の引き算じゃねえ。ゼロになるまで燃やし尽くす覚悟のぶつかり合いじゃ」
「……ああッ!」
拳士は弾かれた体勢から、泥臭く踏み込んで畑山の顎へ左を突き返した。
竹原の「一秒をケチるな」という教えが、皮膚から筋肉、そして骨の芯まで染み込んでいく。
「で……パートナーは決まったのか?」
息を荒らげる拳士に、熊沢が尋ねた。
拳士は手首のウォッチに届いた、国庫庁からのマッチング通知を画面に浮かび上がらせた。
『パートナー決定:長崎代表・力武』
「あの爆撃機みたいな大男か」畑山がニィと笑った。「破壊と覚悟のコンビだな。だがな拳士、伊勢谷のやつも別の奴と組んでエントリーしてやがるぞ」
10月下旬。初戦が目前に迫った朝、拳士は古びたリングを一瞥してから出口へ向かった。
「熊沢さん、竹原さん。畑山……。行ってくるぜ」
「死ぬなよ、拳士。お前の拳は、まだ磨き足りんからのう」
竹原の声が背中に響いた。
拳士は振り返らなかった。ただ、その言葉を胸に深く収めて、冷たい秋風が吹き抜けるドヤ街へ踏み出した。




