西の三強
黒塗りの車が止まったのは、広島城の堀に隣接する、窓のない巨大な地下施設だった。
『広島地方国庫庁・特別選抜試験場』
地下深くへ降りると、そこにはドヤ街の廃工場とは比較にならない純白のリングが鎮座していた。最新鋭のセンサーが床に埋め込まれ、空調で温度と湿度が完璧に管理された、無菌室のような冷たい空間だ。
「ここに、何の用だ」
公務員たちは答えず、無言でリングサイドを顎でしゃくった。
そこには、拳士の他に二人の若者がいた。
一人目は、重厚な革ジャンを羽織った大男。分厚い首筋には無数の裂傷痕が残り、手首のウォッチには荒々しく点滅する『20年』の数字。造船所の鉄くずと路地裏の暴力の中で削り取ってきた時間だと、直感でわかった。
「長崎から来た、力武だ。……お前が広島の『ドヤ街の星』か」
「星じゃねえ、ただの死に損ないだ」
「いい面構えだ。長崎の海風で鍛えた俺の拳を喰らって、そのツラがどこまで保つか見ものだな」
地鳴りのような声で笑う力武の横から、氷のように冷たい声が割り込んできた。
「野蛮だね、二人とも」
伊勢谷。高級なジャージを完璧に着こなした細身の男だ。そのウォッチの表示は、一切のブレがない『15年』。無駄な消費を削ぎ落とし、完璧な計算のもとで生きてきたことを数字そのものが証明していた。
「小松原くん、君のローズカップは非効率の極みだった。寿命をあんな風に燃やすのはボクシングじゃない。自殺志願者のパフォーマンスだよ」
「効率だぁ? あいにくドヤ街には、そんな高級な言葉はねえんだよ」
拳士の周囲に、目に見えない火花が散る。
公務員の一人が、静かに前に進み出た。
「本日、諸君を集めたのは『特別強化枠』の選別のためだ。諸君のような、通常のシステムを逸脱した収支を叩き出すボクサーを、我々は注視してきた」
リングの中央の床が開き、異様な圧迫感を放つ鋼鉄の巨躯がゆっくりとせり上がってきた。人型兵器——『徴収型試作機・ジャッジメント』。
その胸部には、国庫庁が市民から回収した「100年分」の寿命炉が青く不気味に光っている。
「このマシンは、相手の打撃から『寿命の変換効率』を瞬時に計測する。これに打ち勝ち、己の真価を証明できた者だけが——この世界の真のルールに触れる権利を得る」
拳士はアパートで読んだ地下紙の記事を思い出した。
ダブル・クロック。特異点。回収。そして、精製。
自分たち三人がここに集められた理由は、優秀な選手として育成するためか。それとも、効率よく「膨れ上がる寿命」を絞り取るための実験台(精製器)として使い潰すためなのか。
(……どっちでもいいさ。この無菌室のツラ張り倒して、竹原さんの言ってた真実に辿り着いてやる)
拳士はニィと口元を歪め、生身の拳を強く握りしめた。
「……面白くなってきたじゃねえか」
隣で力武が革ジャンを脱ぎ捨て、荒々しい肉体を剥き出しにする。伊勢谷が冷たい手つきでグローブのバンテージを締め直す。
「公務員様の前だ。俺たちの『命の爆発』、たっぷり拝ませてやるよ」
三人の凄まじい殺気が、リング中央の冷酷な守護者へと一斉に向かった。




