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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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西の三強

第8話:西の三強


 【1】

 二人の公務員に連れられ、黒塗りの車に乗せられた拳士が辿り着いたのは、広島城の堀に隣接する、窓のない巨大な政府施設だった。

 『広島地方国庫庁・特別選抜試験場』。

 仰々しい看板が掲げられたその地下深くには、ドヤ街の廃工場とは比較にならないほど精密な、純白のリングが鎮座していた。最新鋭のセンサーが埋め込まれ、空調によって常に一定の温度と湿度が保たれた、無菌室のような空間。

 「ここに、何があるんだ」

 拳士の問いに、公務員たちは答えなかった。ただ、リングサイドに立つ一人の男を顎でしゃくった。

 そこには、拳士の他にも二人の若者がいた。

 一人は、重厚な革ジャンを羽織り、野生の獣のような獰猛さを剥き出しにした大男。もう一人は、高級そうなジャージを完璧に着こなし、冷徹な計算機のような瞳をした細身の男。

 【2】

 「長崎から来た、力武りきたけだ。……お前が広島の『ドヤ街の星』か」

 革ジャンの大男が、低く地鳴りのような声で言った。

 力武。長崎の造船所で鍛え上げられたというその拳は、岩をも砕くほどの質量を感じさせる。彼のウォッチには、過酷な労働と喧嘩で奪い取ってきたであろう『20年』の数字が、荒々しく点滅していた。

 「あん? 星じゃねえ、ただの死に損ないだ」

 拳士が睨み返すと、力武は不敵に笑った。

 「いい面構えだ。長崎の海風で鍛えた俺のパンチを食らって、そのツラがどこまで保つか見ものだな」

 【3】

 「野蛮だね、二人とも」

 ふわりと、氷のような声が割り込んできた。

 伊勢谷いせや。整った顔立ちの奥に、他人を「数字」としてしか見ていない冷酷さを秘めた男だ。

 彼のウォッチには、不自然なほど静かに『15年』の表示が灯っている。だが、その数字の安定感こそが、彼が一度も「無駄な消費」をしていない、完璧な戦術家であることを物語っていた。

 「僕は伊勢谷。……小松原くん、君のローズカップでの戦いは非効率の極みだった。寿命をあんな風に燃やすのは、ボクシングじゃない。ただの自殺志願者のパフォーマンスだよ」

 「効率だぁ? あいにく、ドヤ街にはそんな高級な言葉はねえんだよ」

 拳士の周りに、目に見えない火花が散る。

 【4】

 公務員の一人が、静かに前に出た。

 「本日、諸君を集めたのは他でもない。国庫庁が主導する『特別強化枠』の選別のためだ。諸君のような『特異な収支』を持つボクサーを、我々は注視している」

 拳士は、アパートで読んだ新聞記事を思い出した。

 特異点ダブル・クロック

 目の前の力武と伊勢谷、そして自分。

 この三人は、システムのバグとして排除される存在なのか、それともシステムを維持するための「部品」として選ばれたのか。

 「このリングで、諸君の『一秒の価値』を証明してもらう。相手は、我々が用意した最新型の『守護者ガーディアン』だ」

 リングの中央に、人型をした無機質な重装甲マシンがせり上がってきた。

 「これに勝てた者だけが、次のステージ……すなわち、この世界の『真のルール』に触れる権利を得る」

 【5】

 拳士は、隣に立つ二人のライバルを横目で見た。

 圧倒的な破壊力を持つ力武。完璧な精密さを誇る伊勢谷。そして、野性とクロスカウンターの拳士。

 「……面白くなってきたじゃねえか」

 拳士はグローブを嵌める代わりに、生身の拳を握りしめた。

 「公務員様の前で、俺たちの『命の輝き』、存分に見せてやるよ」

 2100年9月7日。

 広島の地下深く、後に「西の三強」と呼ばれることになる三人の男たちが、初めて一つの目的に向かって拳を固めた。それは、彼らの生涯にわたる、血塗られたライバル関係の幕開けでもあった。

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