表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/54

頁(ページ)の中の幽霊

2100年9月7日。

 窓の外から、誰かのウォッチが「0」になる直前のアラーム音と、それを嘲笑う酔客の怒声が聞こえてくる。ドヤ街の夜だ。

 小松原拳士は、四畳半のボロアパートでハンバーガーを齧っていた。「5時間」の代物。ローズカップの賞金からすれば端数にもならないが、拳士はこの下卑た味にどこか安堵していた。15年の寿命を持つ男が住む場所ではない。だが、ここ以上に落ち着く場所を知らなかった。

 ふと、テーブルの隅に置かれた古い新聞に目が止まった。デジタル端末が主流のこの時代、紙の新聞は化石のような媒体だ。何気なくページをめくっていた指が、小さな囲み記事の前で止まった。

 『未確認報告:寿命倍増現象ダブル・クロックの真実』

 「……寿命が、倍になる?」

 記事によれば、稀に「一秒の消費で二秒分の生命を維持する」特異体質の持ち主が存在するという。同じ寿命を持っていても、他人の二倍の時間を生きる。譲渡された寿命が、その体内で二倍の価値に膨れ上がる。この寿命通貨社会における、絶対的なバグ。経済システムを根底から破壊しかねない、禁忌の存在。

 拳士は、ハンバーガーを噛む手を止めた。

 頭の中に、一人の老人の顔が浮かんだ。

 竹原。

 白飛びしたウォッチ。上限を超え、数えることをやめた男。

 「……あんたも、これなのか?」

 記事を読み進めると、さらに不穏な一文があった。国庫庁は、特異点を「国家資源」として極秘裏に管理・回収している疑いがある、と。

 「回収」。

 拳士は自分の左手首を見つめた。

 『15年3ヶ月12日』

 ローズカップで強引に奪い取った時間は、本当に「5年」だったのか。もし自分の、あるいはサクラのウォッチに「ダブル・クロック」が働いていたとしたら——「からくりボクシング」という競技自体が、特異点を効率よく「精製」するための仕掛けではないのか。疑念が、静かに広がっていった。

 その時、薄いドアが激しく叩かれた。

 「拳士! おるか! 公務員が来とるぞ!」

 隣室の住人の声だった。

 拳士は新聞を丸めてゴミ箱に放り込み、ドアを睨んだ。

 開くと、整ったスーツに血色のいい男が二人立っていた。

 「小松原拳士さんですね。広島市国庫管理課の者です。ローズカップでのご活躍、拝見しておりました」

 男のウォッチには『公務執行中(非課税)』の表示が灯っている。

 「あなたの直近の寿命収支に、極めて不自然な数値が検出されました。一度、本庁まで同行願えますか」

 丁寧な口調だ。だがその瞳には、獲物を逃さない収穫者の冷徹さがあった。

 拳士はゆっくりと立ち上がり、残ったハンバーガーを口に放り込んだ。

 「……公務員様が、ドヤ街まで何の用だ。手数料なら、さっきのバーガーで使い果たしたぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ