巨神との五分間
2100年10月30日。広島グリーンアリーナ。
組み合わせが発表された瞬間、会場は一瞬静まり返り、次の瞬間には耳を裂くような怒号に包まれた。
青コーナー、小松原拳士と、長崎の大男・力武。
対する赤コーナーに現れたのは、もはや人間というよりは立ち塞がる鋼鉄の城塞だった。
国庫庁がヘビー級の極限として調整した、二人組の大型からくりボクサー——『鋼鉄の双壁』タイタンとギガ。
バンタム級の拳士とライトヘビー級の力武に対し、相手は完全なヘビー級規格。サンプルの巨体がリングの半分を占拠せんばかりに威圧し、そのアーマーからは回収された莫大な寿命エネルギーが青白い燐光となって溢れ出している。
「……冗談だろ。階級差を完全に無視しやがって」
拳士はグローブを固く締め直した。国庫庁の狙いは試合ではなく、効率的な「寿命の強制徴収」だ。
「ケッ、上等じゃねえか!」
隣で力武が、分厚い首筋の傷痕を真っ赤に染めてニィと笑った。
「長崎の造船所で鉄くず担いでた俺にとっちゃ、あのくらいの鉄くず、見慣れたもんだ! 拳士、お前は合図があるまで引いてろ!」
ゴングが鳴った。
「オォォォォッ!!」
開始と同時に、巨漢機タイタンが地鳴りを立てて突進する。丸太のような腕が振り下ろされ、力武が真正面からその拳を両腕で受け止めた。
「ガアッ……!!」
衝撃波がリングを揺らす。掠めてもいない拳士のウォッチすら『マイナス1ヶ月』を刻んだ。空気を伝って寿命が削り取られるほどの過密エネルギー。
もう一体のギガが、巨体からは想像もつかない踏み込みで拳士の退路を断つ。
上空から降り注ぐ凶悪なジャブ。一撃一撃が、拳士の全力ストレートを遥かに超える質量を持っていた。
「小松原くん、愚直に受け止めるな! マシンのエネルギー浪費を狙え!」
リングサイドの観覧席から、別ブロックで勝ち上がった伊勢谷の冷徹な声が飛ぶ。彼は冷たい瞳で二体のエネルギー残量を分析していた。
「あいつらの出力は異常だが、寿命の消費も激しい! 一ラウンドを持ち持ち堪えれば、エネルギーは底をつく!」
(持ち堪える……? 守りに入ったら、また計算に囚われる!)
一ラウンド、残り一分。
ギガの鋭い左が拳士の肩を掠めた。脳を突き抜ける激痛。ウォッチが『マイナス半年』を叩き出す。三年のベットに対し、早くも半年を奪われた。その数字が一瞬、拳士の足を鈍らせる。
「一秒をケチるな、拳士ッ!!」
観客席の遠くから、竹原の怒声がアリーナの喧騒を突き破って届いた。
「一秒を惜しんで引き算で死ぬか、一秒を燃やして打ち勝つか! どっちか選べ!」
(……ああ、そうだ! 逃げて生き残るためにここに来たんじゃねえ!)
「力武ぇぇッ! 道を開けろ!」
「おうよ! ぶちかませ、ドヤ街の星!」
力武が全筋力を爆発させ、組みついていたタイタンの巨躯を力任せに押し返してギガの射線へ割り込ませた。二体の超重装甲が激突し、数ヶ月分の寿命が火花となって空中に飛散する。
一瞬のバグ。
拳士はその隙を目がけて、自ら「半年分」の寿命を右拳に一気にくべた。
「死んでもケチらねえ……喰らいやがれッ!!」
死角からの超至近距離クロスカウンター。過熱した拳士の右ストレートが、ギガの装甲の継ぎ目——過熱した寿命炉の直上を撃ち抜いた。
「バギギギギィィン!!」
内部で過剰エネルギーが逆流爆発を起こし、巨漢機ギガが膝からキャンバスへ崩れ落ちる。
「カァァァン!」
一ラウンド終了のゴングが響き渡った。
残されたタイタンが咆哮を上げる中、拳士と力武はボロボロになりながら自陣コーナーへ戻った。
「ははっ、いい拳打つじゃねえか、拳士!」
血を吐きながら笑う力武の横で、拳士はまだ熱を持つ右拳を強く握りしめた。
「……まだ1ラウンドだ。あのデカブツごと、国庫庁の計算を全部叩き潰すぞ!」




