削りと断罪
二ラウンドのゴングと同時に、リングの空気が「回避」から「侵食」へと変わった。
「小松原くん、プランBだ。僕が『穴』を開ける。君はそこを撃ち抜いてくれればいい」
伊勢谷が告げると同時に、両腕が霧のように霞んだ。
超高速の連打。巨腕が一発振り下ろされるコンマ数秒の隙に、三発、四発と正確に急所を叩く。一撃の威力は拳士に及ばない。だがその「数」が、からくりボクサーの防御システムに過剰な負荷をかけ、衝撃を緩和するたびに数秒、数十秒の寿命を際限なく吐き出させる。
「チッ、チョコマカと……!」
苛立ったサップが拳を振るうが、伊勢谷はその腕の内側を滑るように潜り込み、ウォッチとアーマーの継ぎ目へ針のようなジャブを刻み続ける。一方のアリも、高速の刺突にステップを乱され始めていた。
「……見事なもんだ」
コーナーで息を整えながら、拳士は伊勢谷の背中を見つめた。相手の意識を「数」で飽和させ、たった一つの隙を作り出す。格闘技ではなく、資源管理だ。
「今だ、小松原くん! サップの右、大振りが来る!」
焦れたサップが、寿命を数年分上乗せした右フックを繰り出した。装甲をボロボロにされた巨漢に、もはや一撃に賭けるしか道はなかった。伊勢谷の描いたシナリオ通りだ。
「——待ってたぜ、その大振りをよ!」
拳士は逃げなかった。相手の暴力の中へ、自ら踏み込んだ。
サップの巨拳が顔面を掠める。その衝撃をそのままガソリンに変えて、拳士の右拳が放たれる。伊勢谷がサップのアーマーに刻んだ、唯一の亀裂。そこへ、全力の寿命を乗せたクロスカウンターが突き刺さった。
「ガアァァァァァァッ!!」
サップの巨体が、内側から爆ぜるようにのけ反る。防御機能を失ったウォッチに逆流した自らの寿命エネルギーが、その巨躯を内側から粉砕した。
ズゥゥゥン、とリングが揺れた。
あのボブ・サップが、キャンバスに沈んだ。
「……一人目だ」
拳士は荒い息を吐きながら、隣の伊勢谷を見た。汗一つかいていない顔で、残ったアリを冷たく見据えている。
「いいカウンターだったよ、小松原くん。僕の計算以上の破壊力だ」
「お前の『削り』がなきゃ、あの装甲は貫けなかった。いいタッグじゃねえか」
アリのウォッチから、警告音が鳴り響く。
二ラウンド終了まで、あと一分。




