烏天狗の領域
三次の夜は、さらに深く、暗く沈んでいく。
第二回戦。リングに現れた男、鴉は、異常なほどに細くしなった脚部アーマー『飛天』を装着していた。
「……小松原拳士。地面に縛られたお前のボクシングなど、俺の羽ばたき一つで塵になる」
鴉の声と共にゴングが鳴った瞬間、鴉の姿が消えた。いや、消えたのではない。彼は垂直に「跳んだ」のだ。三次の特設リングの支柱よりも高く。
「なっ……!?」
拳士が上空を仰いだ瞬間、鴉は空中で姿勢を反転させ、重力加速度を乗せたダイビング・パンチを振り下ろしてきた。
「ガガッ!!」
辛うじて腕で防いだが、上から叩きつけられる衝撃に膝が沈む。鴉は着地した瞬間に再び爆発的なジャンプを見せ、今度はリングのロープを蹴って、真横から弾丸のように突っ込んできた。
「——逃げ場はないよ。空には壁がないからね」
頭上に張り巡らされた鉄骨やライトの骨組みさえも足場にし、霧を切り裂きながら縦横無尽に急降下爆撃を繰り返す。拳士の『可変式の一秒』でも、三次元的に動く標的を捉えることは困難だった。
『マイナス二ヶ月……五ヶ月……一ヶ月!!』
「……小松原くん、闇雲に振り回しても当たらない! どんなに高く跳んでも、落下する瞬間は放物線を描く。そこが唯一の『起点』だ!」
セコンドの伊勢谷が叫ぶ。だが、鴉は空中でガス噴射を行い、軌道を微妙に変化させてきた。
(……クソっ、どこから来る!? 上か、右か、後ろか……!)
四方八方から浴びせられる衝撃。拳士の視界が火花で明滅する。
その時、入道の腕を「肩で受け止めた」あの感覚が蘇った。
(……避けて当てるのが無理なら、あいつが『落ちてきたい場所』を、俺が作ってやればいいんだ)
拳士は、ふらふらとリングの中央へ歩み寄り、天を仰いで大の字に両腕を広げた。
「ハッ、自暴自棄か! ならばその喉笛、上空五メートルからの重圧で叩き潰してやるッ!!」
鴉が最高高度からの急降下を開始する。
「——見つけたぞ、鴉。……お前が一番速くなるその瞬間が、一番脆い一点だッ!!」
落下する影と突き上げる拳が、一点で激突しようとしていた。




