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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第二章

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計算された多角形(ポリゴン)

拳士が血塗れの勝利を飾った直後、第二リングに立ったのは伊勢谷だった。

 対戦相手は「一つ目小僧」の異名を持つボクサー、阿岩。その脚部アーマーは鳥の肢のように複雑な関節機構を持ち、一歩踏み出すだけでリングの半分を跳躍し、不自然な角度から伸びる蹴りのようなフットワークを繰り出してきた。

 「……計算外のリーチだね。でも、物理法則からは逃げられないよ」

 伊勢谷は眼鏡の縁を指でなぞり、演算モードを最大出力まで引き上げた。

 阿岩の脚が、バネのように伸長する。攻撃のためだけでなく、常に「伊勢谷の拳が届かない三メートル」を保つための回避行動でもあった。

 「無駄だ。お前の短い腕じゃ、俺の影さえ踏ませないッ!!」

 阿岩が超高速のステップで伊勢谷の周囲を旋回する。だが、伊勢谷は動かない。ただ最小限のヘッドスリップで牽制をかわしながら、虚空に向かって「細かな連打」を刻み始めた。

 「——あいつ、何をやってやがる。あんなところで空を切って……」

 観客席の拳士が怪訝そうに呟く。

 伊勢谷の連打は「空振り」ではなかった。阿岩の身体ではなく、阿岩が「次に移動する空間」を精密に叩いていたのだ。脚が伸びる分、一歩の移動にコンマ数秒の「ラグ」が生じる。その隙間に、目に見えないほど小刻みな連打を流し込む。

 伊勢谷の連打が、ついに作用し始めた。

 阿岩が距離を取ろうと脚を伸ばした瞬間、ジャブの「風圧」と「タイミング」が阿岩の関節駆動系に微細な振動を与えた。

 「……っ、姿勢制御が……バグるッ!?」

 脚が長いということは、それだけ重心が不安定になるということ。伊勢谷の連打は直接ダメージではなく、阿岩のアーマーが計算する「平衡感覚」を書き換えるためのものだった。

 「チェックメイト。君の『歩幅』のパターン、全て解析したよ」

 阿岩の脚が伸びきり、姿勢を崩した瞬間。伊勢谷は一歩、吸い込まれるように懐へ踏み込んだ。一点集中の超高速コンビネーションが、阿岩の無防備な胴体を射抜く。一秒間に八発、全ての拳が同じ位置に、楔を打ち込むように着弾した。

 「ガッシャァァァン!!」

 阿岩の脚部駆動系が過負荷で爆発し、異形の脚が力なく折れ曲がった。

 伊勢谷は返り血一滴浴びることなく、静かに眼鏡を直した。

 「脚が長いのはアドバンテージじゃない。僕にとっては、ただ『壊すべきパーツが長い』というだけのことさ」

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