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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第二章

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懐(ふところ)の死神

「——何、だと……?」

 入道の困惑が、霧を震わせた。

 ゆっくりと立ち上がった拳士は、構えを解いていた。両腕を力なく下げ、顎も腹も剥き出しにする、完全な「ノーガード」。

 「狂ったか、広島の狼! ならばその生身の顔面に、地獄のリーチを叩き込んでやるッ!!」

 入道が右腕を解放する。ガスシリンダーが咆哮し、三メートルを超える拳が、拳士の眉間を目掛けて最短距離を貫いた。

 パンチが着弾する直前、拳士は首をわずかに傾け、その「腕」を自分の肩に斜めに滑り込ませた。

 「ガッ!!」

 激痛。だが、拳士の瞳は死んでいなかった。

 「……捕まえた。……お前の腕が伸び切るその瞬間だけ、俺とお前の『一秒』は、繋がるんだよッ!!」

 伸び切った腕は、すぐには戻らない。拳士は肩にめり込んだ入道の腕を、脇に挟んで固定した。力武が可部で見せた、あの肉の万力だ。

 異形のリーチは、懐に潜り込まれた今、ただの「邪魔な棒」へと成り下がっていた。

 拳士はノーガードのまま、残されたわずかな寿命をすべて脚の駆動系に叩き込み、入道の本体へと爆発的な突進を見せた。

 一気にゼロ距離。入道の本体は遠距離特化ゆえに生身の防御が脆い。拳士の右が、剥き出しの喉元へ突き刺さる。

 「ガハッ……あ……ッ!?」

 入道の巨大な伸縮アームが、機能を失って力なくキャンバスに落ちた。

 拳士は止まらない。顎、レバー、そして心臓。霧に隠れていた三次のリングに、入道のアーマーが砕け散る乾いた音が響き渡る。

 「お前が引き延ばしたリーチの分だけ……俺が近づく時間が、短くなったんだよッ!!」

 霧が、晴れていく。

 最後に放たれた左フックが、入道の巨体を霧の向こう側へと吹き飛ばした。

 「……見たか、力武。……俺も、泥を啜ってここまで来たぜ」

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