星条旗の重圧(プレッシャー)
可部の夜は、さらなる深淵へと突き進んでいた。
二回戦。青コーナーから現れたのは、星条旗が刻まれた漆黒の重量級アーマー『タイタン・フォール』を纏う男、ウォルターだった。身長二メートル近い巨躯、丸太のような両腕。彼がリングに足を踏み入れるたびに特設の鉄骨が悲鳴を上げ、観客席まで微かな震動が伝わってきた。
「……ヘイ、サセボ。ハリオのような小細工は俺には通じないぜ。マッスルとスチール、どちらが硬いか決めようじゃないか」
ウォルターの野太い声が、工場の静寂を切り裂く。そのウォッチには、米国の地下リーグを蹂躙してきた「五十年」もの略奪時間が、禍々しく拍動していた。
「——面白か。アメリカの鉄板がどれほどのもんか、俺の拳で試してやるばい」
力武が不敵に笑い、グローブを叩き合わせた。
ゴングが鳴った。力武は弾丸のような突進を見せる。だが、ウォルターは一歩も退かなかった。逆に一歩踏み込み、力武の頭上から巨大な右を振り下ろした。
「ドォォォォン!!」
力武の突進が、物理的に止められた。
「なっ……力武が、力負けしているのか!?」
最前列の拳士が立ち上がった。力武の右ストレートとウォルターの左フックが空中で衝突するたびに、周囲に衝撃の余波が広がる。これまであらゆる相手をその質量でねじ伏せてきた力武だったが、ウォルターの一撃は、工事用の杭打ち機のような破壊力を秘めていた。
『マイナス二ヶ月……五ヶ月……八ヶ月!!』
掠めるだけで力武のウォッチから命が削り取られてゆく。
「——小松原くん、あれは単なる筋肉じゃない。ウォルターのアーマーは、全身の駆動系を油圧式に換装している」
伊勢谷が青白い画面を見つめながら急速に解析を進める。「からくりボクシングの主流は瞬発力だが、彼は『持続的な圧力』に全振りしている。力武くんが『打撃』なら、彼は『圧殺』だ。まともに組み合えば、力武くんの骨が先に砕ける……!」
「ガギィィィン!!」
ウォルターのショートアッパーが、力武の顎を跳ね上げた。膝が激しく震える。
「どうした、リキタケ! 俺の『五十年の重み』に、お前の根性が耐えられるか!?」
逃げ場のないリングの隅で、巨大な鋼の拳が力武を押し潰さんと迫る。
力武は、あえてガードを解いた。
「……おい、力武! 何を考えてやがるッ!!」
拳士の叫びを余所に、力武はウォルターの懐へ、自ら死神の鎌に首を差し出すような飛び込みを見せた。




