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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第二章

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鋼の檻、風の断末魔

「——逃がさんばい、フィリピンの風」

 力武の低い咆哮が、鋳物工場の錆びた鉄骨に反響した。

 ハリオのバネのような跳躍は、広大なアリーナであれば無敵の回避術だった。しかし可部の特設リングは、公式戦よりも一回り以上狭い。力武はその巨体でリング中央を陣取り、ハリオの逃げ道を一歩、また一歩と潰していった。

 ハリオの額から、焦りの汗が吹き飛ぶ。

 (……打たれているのに、なぜ一歩も退かない!?)

 ハリオは再び、低い姿勢からの爆発的な跳躍で力武のサイドへ回ろうとした。

 だが、力武はそれを待っていた。

 力武はハリオの顔面ではなく、その「着地点」に強引に膝を突き立てた。着地を乱されたハリオの身体が、一瞬だけ宙で泳ぐ。

 「——捕まえたばいッ!!」

 力武の両腕が、宙に浮いたハリオの胴体を万力のように抱え込んだ。

 「なっ……放せッ!!」

 「放さん。……三十年の重さ、その身に刻んで地獄へ行けッ!!」

 力武はハリオを抱えたまま、剥き出しの鉄骨へと向かって全速力で突進した。からくりアーマーが悲鳴を上げ、過負荷の火花が二人の身体を包む。

 「ドゴォォォォォォン!!」

 ハリオの背中のアーマーが粉々に砕け散り、可部の夜空に青白い光が飛散した。ハリオの口から鮮血が噴き出し、その瞳から「風」の輝きが急速に失われてゆく。

 『寿命奪取を検知。……一〇年、二〇年……三〇年!!』

 観客席の拳士は、息を呑んだ。

 「……これが『闇の興行』のやり方か」

 「——そうじゃないよ、小松原くん」

 伊勢谷が、震える指先で眼鏡を直した。「力武は、ハリオの『自由』を物理的に奪うことで、彼のシステムそのものを無効化したんだ。……あれは坂本のパリーに対しても、有効な『解』だ」

 坂本の「流す防御」も、掴んで逃がさなければ成立しない。

 リング上。三〇年を飲み干した力武は、抜け殻のようになったハリオを無造作に放り捨てた。

 「……次は、誰ね?」

 返り血を浴びたまま、力武は観客席の拳士を真っ直ぐに指差した。

 「来い、拳士。……お前のその細い『一秒』で、俺の三〇年を奪えるもんなら、奪ってみんね」

 一月の夜風が、血の匂いを運んでいった。

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