嵐を呼ぶ遠征者(ビジター)
「——よっ。相変わらず、ここはドブ板の臭いのするジムばい」
坂本の右フックが拳士の顔面を掠める直前、ジムの入り口から響いた不敵な野次が、その場の空気を一瞬にして凍りつかせた。
佐世保の荒波をそのまま持ち込んだような二人組——力武と菊池だった。力武のウォッチには、具志堅から奪い取った膨大な「勝利の寿命」が眩いばかりの輝きを湛えて刻まれている。
「……力武、それに菊池さん」
拳士はグローブを構えたまま、リング上から二人を見つめた。
「何の用だ、長崎。ここは遊び場じゃねえぞ」
畑山がロープを飛び越え、力武の前に立ちはだかる。
「冷たか。明後日、可部の方で地方興行に招待されたけん、寄らせてもらったとたい。……まあ、一番の理由は、広島の狼さんがまだ息しとるか確認しに来たとばってん」
力武はそう言うと、リング上の坂本に視線を移した。「……ほう、見慣れん面ばい。そっちのデカいのは、誰ね?」
「坂本博だ。……お前が、あの具志堅を沈めたっていう『長崎の鬼』か」
坂本は臆することなく、リング上から力武を見下ろした。「いい『マブイ』を持ってるな。だが、ライト級から落としてきた俺の盾を、お前のその無茶苦茶なステゴロでぶち破れるかな?」
「面白か……。盾だか板だか知らんが、俺の拳でひしゃげんもんは、鉄板以外なか」
一触即発。
「おい力武、勝手に喧嘩を始めるなと言っただろうが。……竹原さん、ご無沙汰しております」
菊池が苦笑いしながら、竹原に一礼した。
「長崎の坊主どもか。……可部の試合に出るんじゃな。あそこは古い興行主が仕切っとる『寿命の賭け場』じゃ。相当な賞命が懸かっとるんじゃろう?」
「——ええ。勝てば三十年。負ければゼロ。……まさに、俺たち向きの戦場ですよ」
菊池の言葉に、ジム内にどよめきが走った。三十年。文字通り「一生」を賭けるに等しい、異常なレートだった。
「力武ッ!!」
拳士が叫んだ。力武が足を止め、振り返る。
「明後日の試合、俺も見に行かせてもらう。お前がその三十年をどう掴むのか、この目に焼き付けてやる」
「——よかよ。見とけ、拳士。……システムの枠に収まりきらん『本物の命』の削り合いば、な」




