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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第二章

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弾かれる牙

スパーリングのゴングが鳴った瞬間、拳士は弾かれたように前に出た。

 一ヶ月の沈黙で溜まった鬱憤を吐き出すような鋭い左ジャブ。だが坂本博は、その一撃をまるで見えていたかのように掌で軽く叩き落とした。パリー。最小限の動きでパンチの軌道を逸らす防御技術だ。

 (……なんだ、今の感触。壁を殴ったみたいだ……!)

 追撃の右を放つが、坂本は完璧なカバーアップで受け止める。両腕を盾のように顔面に貼り付け、衝撃を分散させるその姿は、力武のような「肉体で耐える」のとは違う、計算された防御だった。

 「どうした、広島。お前の『一秒』は、俺の掌の上で死んでるぜ」

 坂本が不敵に笑う。拳士は焦りから連打を繰り出すが、そのすべてが外側へと流されてゆく。体勢が崩れるたびに、ライト級仕込みの重いジャブが顔面を正確に捉えた。

 「ぐっ……あ……っ!」

 バンタム級とは根本的に異なる腕の質量。打たれるたびに脳が揺れ、ウォッチの数字が削られるような錯覚に陥る。

 「……小松原くん、落ち着け! 闇雲に打っても吸い込まれるだけだ!」

 リングサイドで伊勢谷が叫ぶ。「彼の手は、君の初動を読み取って軌道を逸らしている。まともにぶつかれば、君の腕が壊れるぞ!」

 「畑山、見たか。あいつのパリーは、親父譲りの『坂本の盾』だ」

 竹原が、苦々しくも感心したように呟いた。「どんなに強打を誇るボクサーも、あの掌の上で踊らされ、スタミナを空費して沈んでいった。……拳士、お前が欲しがっている『速さ』じゃ、あの壁は壊せんぞ」

 畑山は拳を握りしめ、悔しさを隠さずにリングを見つめていた。

 (……当たんねえ。具志堅は速すぎて届かなかったが、こいつは『そこにいるのに届かねえ』……!)

 坂本のパリーによって右拳を外側へ跳ね上げられた瞬間、拳士の視界が大きく開いた。

 ライト級の力を乗せた右フックが、拳士の顎を目掛けて唸りを上げる。

 具志堅に沈められたあの時と同じ、逃げ場のない「終わり」の予感。

 その瞬間、拳士の脳裏に力武のあの「頭突き」がフラッシュバックした。

 (……綺麗に戦おうとするな。俺の命をぶつけるんだ!)

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