宿命の継承者
二一〇〇年一月十五日。
新年の喧騒がようやく収まり、広島の街が本格的な寒波に包まれた朝。熊沢ジムの重い鉄扉が開き、一人の男が足を踏み入れた。
拳士よりもわずかに高い身長。ライト級特有の厚みのある胸板を強引に絞り込んだような、鋭いシルエット。男は使い古されたボクシングバッグを床に置くと、真っ直ぐに熊沢のもとへ歩み寄った。
「坂本博です。今日から、このジムでバンタムの頂点を目指させてもらいたい」
その声には、入門者とは思えぬ不遜な自信と、何かに飢えた獣のような響きがあった。
「……坂本だと?」
スパーリングの手を止めた畑山が、リングの上から眉をひそめてその男を睨みつけた。
「親父同士がやり合った決着、ここでつけるつもりか?」
「さあな。だが、お前の親父がうちの親父に削り取られた寿命は、息子である俺が、お前の首ごと回収させてもらうぜ」
坂本が不敵に笑う。そのウォッチには、ライト級で戦い抜いてきた証である膨大な蓄積時間が不気味に光っていた。
拳士は、リングの隅で汗を拭いながら、その一連のやり取りを静かに見守っていた。
「伊勢谷、あいつはどう見える」
「……厄介だね。ライト級の筋肉を維持したままバンタムの速度を得れば、理論上の攻撃力は拳士くんの三割増しになる。しかも、彼は『戦い方』を知っている目だ」
伊勢谷が眼鏡を押し上げ、冷徹な分析を口にした。
「熊沢さん、こいつとスパーをさせてくれ」
畑山がロープを激しく叩いて叫ぶ。だが熊沢は手で制し、視線を拳士に向けた。
「……いや。拳士、お前がやれ」
ジム内に緊張が走る。
「坂本は、具志堅の速さとも力武の質量とも違う『格上のパワー』を持っとる。お前が具志堅に負けた理由……それを超えるためのヒントは、この男の拳の中に隠れとるかもしれんぞ」
拳士は、ゆっくりとバンテージを締め直した。
「……いいぜ。ライト級のパンチ、どんなもんか拝ませてもらうよ」
「いい面構えだ、広島の狼さん。……でも、俺の『一秒』は重いぞ。お前の細い首が折れなきゃいいがな」
坂本がリングに上がり、グローブを合わせた。




