凍てつく再起
二一〇〇年十二月。
広島の街に凍てつくような冬の風が吹き抜ける中、西区の熊沢ジムだけは季節を忘れたような熱気に包まれていた。
「——ぬるいぞ、拳士ィッ!!」
畑山の咆哮と共に、ブーストを効かせた右フックが空気を切り裂く。拳士はそれを紙一重でかわし、カウンターを狙う。だが、具志堅に砕かれた顎の傷が、激しい動きのたびに鈍い痛みを訴えていた。一ヶ月の休養を経て再開したスパーリング。肉体は戻りつつあるが、失った「六年」という数字は、ウォッチの上に残酷に居座り続けていた。
「……はっ、はっ……まだだ、まだ終わっちゃいねえ……!」
拳士は汗を振り払いながら再び踏み込んだ。畑山は情け容赦なく拳を叩き込んでくる。
「拳士。お前のクロスカウンターは確かに凄え。だが、具志堅には見切られ、力武には肉で止められた。……足りねえんだよ。お前の『一秒』には、まだ何かが足りねえ!」
「……分かってる。だから、こうして打たれてんだろッ!」
拳士の右ストレートが、畑山のガードを激しく叩く。
ジムの隅で、竹原が鋭い眼光で見つめていた。傍らでは伊勢谷がタブレットに数式を書き込み続けている。敗北の痛みを糧に、自らの「手数」をどう「質」へと変えるか、その計算に没頭していた。
「熊沢さん。拳士の動き、どう見えるかのう」
竹原が、腕を組む熊沢に問いかけた。
「……焦っとるな。失った寿命を取り戻そうとして、パンチが『速さ』にばかり寄っとる。具志堅と同じ土俵で戦おうとしとるが、ありゃあ悪手じゃ。ワシの真似事をして本物のワシに勝てる道理はなかろう」
スパーリングが終わり、拳士はロープに身体を預けて激しく肩で息をした。
「……畑山さん、ありがとうございました」
「礼はいらねえよ。俺も、あんな化け物どもの戦いを見せられて、血が騒いでんだ」
畑山がウォッチをちらりと見て笑う。
「拳士。お前の残りは、もう十年を切ってる。……次負けたら、本当の『死』だぞ」
「——ああ。だからこそ、次はもう負けねえ」
窓の外で、初雪が降り始めていた。白く染まりゆく広島の街を、拳士はただ見つめていた。




