鉄の咆哮、鷲の墜落
第36話:鉄の咆哮、鷲の墜落
【1】
極限を超えた先、二人の体が交差した。
「ガッ!!」
鈍く、重い衝撃音がアリーナに響く。それはボクシングのパンチではなく、互いの頬を撃ち抜く渾身の「蹴り」だった。からくりのブーストさえ失った生身の足が、相手の骨を砕かんばかりに食い込む。
一瞬、時が止まった。
力武の足が、キャンバスを深く、深く抉る。佐世保の造船所で、巨大な鉄の質量を支え続けてきた彼の足腰は、意識が飛びかけた今この瞬間も、地面に根を張るようにして踏みとどまった。
【2】
一方、具志堅の膝から力が抜けた。
「……は……っ……あ……」
完璧だった。彼の技術も、零コンマ一秒の判断も、すべては王者のものだった。だが、システムによって最適化されていた彼のスタミナは、規定外の第五ラウンドという「空白の時間」に耐えられるようには設計されていなかった。
鷲は、翼を失ったのではない。ただ、空を飛ぶための風が、彼の内側から完全に消え失せたのだ。
ゆっくりと、崩れ落ちる具志堅。キャンバスに沈むその音は、驚くほど静かだった。
【3】
「——そこまでッ!!」
審判が、二人の間に割って入った。
具志堅はピクリとも動かない。ウォッチの表示は、限界ギリギリの点滅を繰り返している。
審判が、返り血と汗に塗れた力武の右手を、高く、高く掲げた。
「勝者、長崎代表、力武・菊池タッグ!!」
その宣告と同時に、アリーナを埋め尽くした静寂が爆発した。それは歓声というよりも、地獄から戻ってきた生還者を称える咆哮だった。
【4】
『寿命移譲を完了しました。 +12年』
力武のウォッチに、激闘の対価が刻み込まれる。
「……はぁ……はぁ……見たか、ワシ野郎……。鉄板は、風じゃ……びくともせん……ばい」
力武はそう呟くと、膝を突いて倒れた菊池の元へと歩み寄った。相棒を無造作に抱え上げ、血に染まった顔でニヤリと笑う。そこには、王者の品格など微塵もなかった。ただ、喧嘩に勝った野良犬の、最高に無礼で誇らしい笑顔があった。
【5】
観客席の拳士は、その光景を魂に焼き付けていた。
「……勝った。力武が、あの具志堅に勝ったんだ」
負けた自分がいる。そして、その自分を絶望させた男を、さらに力技でねじ伏せた男がいる。
悔しさと、興奮と、そして名前の付けられない熱い感情が、拳士の胸を突き上げてくる。
「——終わったのう。……だが、始まったばかりでもあるわい」
竹原が、満足げに鼻を鳴らした。
「拳士。あいつが手に入れた『十二年』。お前が奪われた『六年』。……その差を埋める道は、一つしかねえぞ」
【6】
二一〇〇年十一月末。
国庫庁主催タッグマッチ、閉幕。
長崎の咆哮が消えぬアリーナの片隅で、小松原拳士は自らのウォッチを強く握りしめた。
敗北の泥を啜り、王者の背中を見送った狼の目は、まだ死んではいない。
奪われた命を、誇りを、すべてを叩き返すための「第二章」の幕が、今、静かに上がろうとしていた。




