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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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33/41

瓦解する均衡(バランス)

第33話:瓦解する均衡バランス


 【1】

 第四ラウンド。

 リングの上には、もはや「ボクシング」という名の競技は存在しなかった。

 「ガッシャァァァン!!」

 力武の右ストレートが具志堅の肩口のアーマーを粉砕すれば、その反動を利用した具志堅の左が、力武の胸部装甲を内側から引き裂く。飛び散るセラミックの破片と、漏れ出す高圧の蒸気がリングを白く染め、二人の姿を断続的に隠した。

 【2】

 「……はっ、はっ……どうしたワシ野郎! 自慢の計算はどこに行ったったいッ!!」

 力武は、顔面の半分を血に染めながら、狂ったように笑った。

 具志堅の眉間を、力武の拳が捉える。脳を揺らす衝撃。だが具志堅は、沈むどころかその衝撃を「推進力」に変えて前に出た。力武の顎先を、具志堅の右アッパーが跳ね上げる。

 「——計算は捨てたよ、長崎。君という『不合理』を殺すには、俺もまた不合理になるしかない」

 具志堅の声は、もはやシステムの声ではなかった。喉の奥から絞り出された、一人の男の執念だった。

 【3】

 一方が打てば、一方が打ち返す。

 力武がヘッドを殴れば、具志堅も頭を殴る。

 防御という概念は、両者の頭の中から完全に消滅していた。一撃ごとにウォッチの数字が、凄まじい速度でカウントダウンされていく。

 『マイナス一ヶ月……三ヶ月……半年!』

 一分、また一分と、二人の未来が火花となってリングに散っていく。それは、残りの寿命をすべて一回のスロットに注ぎ込むような、破滅的なギャンブルだった。

 【4】

 観客席の拳士は、目の前で繰り広げられる「命の叩き売り」に、言葉を失っていた。

 「……あいつら、止まる気がねえぞ。どっちかが『死ぬ』まで、この乱打は終わらねえ」

 「——限界を超えた共鳴じゃ」

 竹原が、短くなった煙草を吐き捨てて言った。

 「具志堅は力武の熱に、力武は具志堅の速度に当てられた。……拳士、お前はあそこに入っていけるか? 一秒を燃やすだけじゃ足りん。自分の全生涯を、この数分間に叩きつける覚悟が、お前にはあるか?」

 【5】

 アリーナに響くのは、もはや拍手でも歓声でもなかった。

 二人の拳が肉と鉄を叩く、湿った、しかし重い連続音。

 力武のアーマーがすべて剥がれ、生身の筋肉が剥き出しになる。具志堅の『島風』もまた、翼を毟られた鳥のように無残にひしゃげ、内部の回路が虚しく火花を散らしている。

 

 【6】

 「死ねッ!!」

 「落ちろッ!!」

 二人の叫びが重なり、互いの拳が同時に相手の顔面に突き刺さった。

 二一〇〇年十一月末。

 広島の冬を焼き尽くすような熱量が、今、限界を突破しようとしていた。

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