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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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鷲の波状攻撃

第31話:鷲の波状攻撃


 【1】

 「——隙が大きいやんね、長崎」

 具志堅の、感情を排した冷ややかな声がリングに響く。

 力武の圧倒的な熱量に押されているかに見えた沖縄ペアだったが、その瞳は一度として焦燥に揺れることはなかった。具志堅の視線が射抜いたのは、力武の影で機を伺っていた小柄な菊池だった。

 剛腕の力武に意識を向けさせ、その背後に潜む「機動力の核」を先に潰す。それは、鷲が群れの中から最も仕留めやすい獲物を峻別しゅんべつするような、冷酷な狩りの思考だった。

 【2】

 「沈め、小さいの」

 具志堅の合図と同時に、我那覇が巨躯を揺らして前に出た。力武の突進をあえてその身で受け止め、物理的な「壁」となって力武と菊池の連携を分断する。

 一瞬の孤立。

 「——逃がさんばいッ!!」

 菊池が反射的に左を振るうが、具志堅の『島風』は、その拳が届くよりも早く、大気の揺らぎさえ利用して菊池の死角へと滑り込んだ。

 【3】

 「チェックメイトだ」

 具志堅の高速ストレートが、紫色の閃光となって菊池の顔面を真っ向から貫いた。

 それだけではない。具志堅の拳が着弾するのと寸分違わぬタイミングで、壁となっていた我那覇が体を入れ替え、岩のような拳を菊池の無防備な脇腹へ、抉り込むように叩き込んだ。

 上を具志堅、下を我那覇。

 完全同期された二つのからくりエネルギーが、菊池という一つの「点」に集中する。

 【4】

 「ガハッ……あ……ッ!!」

 菊池のウォッチが、聞いたこともないような異常な警告音を発した。

 『致命的同期衝撃を検知。寿命、緊急喪失——マイナス一年、二年、三年!』

 一撃で数年分を奪い取る、沖縄ペアの連携奥義。菊池の身体は、強烈な衝撃によってくの字に折れ曲がり、文字通り「沈んだ」。床に叩きつけられた衝撃でウォッチの表面がひび割れ、青白い寿命の光が霧のように漏れ出す。

 【5】

 「菊池ィィィィッ!!」

 我那覇を振り払った力武の咆哮が、アリーナに虚しく響く。

 だが、倒れた菊池はピクリとも動かない。具志堅のストレートで脳を焼かれ、我那覇のボディで臓腑を砕かれたのだ。一秒をケチらず戦ってきた佐世保の喧嘩屋が、システムの最先端を行く「鷲の爪」によって、真っ先に戦場から間引かれた。

 【6】

 観客席でそれを見ていた拳士は、思わず立ち上がっていた。

 「……嘘だろ。あの菊池が、一瞬で……」

 「——個の力では勝てない。それがタッグマッチというシステムの、残酷な正解だよ」

 伊勢谷が、血の滲む唇を噛み締めながら呟く。

 「具志堅は最初から、力武を倒すために菊池を『排除』することを計算に入れていた。……小松原くん、これが本当の地獄だ」

 リング上に立ち尽くす力武。

 相棒を沈められ、一人残された「長崎の鬼」の前に、二羽の鷲がゆっくりとその翼を広げる。

 絶体絶命の決勝戦。命の灯火が、今、激しく揺らぎ始めていた。

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