宿命の頂上決戦
第30話:宿命の頂上決戦
【1】
二一〇〇年十一月末。広島グリーンアリーナ。
超満員の観客席の片隅で、小松原拳士は顎を固定する厚い包帯の上から、苦々しくリングを見つめていた。隣には、全身を湿布の臭いで包んだ伊勢谷が、冷徹なまでに無表情な顔で座っている。
二人のウォッチが刻むのは、敗北によって削り取られた「数年」という短すぎる余生。
「……見ていろ、小松原くん。僕たちが届かなかった『零コンマ一秒』の先で、何が起きるのかを」
伊勢谷の声には、計算機のような響きではなく、剥き出しの執念が混じっていた。
【2】
「決勝戦。……長崎、始めようか」
青コーナー。具志堅が、静かに「左」を構える。その姿は、一分の乱れもない彫刻のようだ。
対する赤コーナー。力武は、不敵な笑みを浮かべて生身の拳を突き出した。
「よかよ、ワシ野郎。……その綺麗な羽ば全部毟って、佐世保のドブ川に沈めてやるたい」
ゴングが鳴った。
【3】
開始一秒。
アリーナを支配したのは、具志堅の「左」だった。
閃光。拳士を二度沈めたあの最速のストレートが、力武の顔面を真っ向から捉える。
「ガッ!!」
だが、力武は倒れなかった。
力武は具志堅の拳を受けた瞬間、首の筋肉を岩のように硬直させ、あえてその衝撃を「正面から受け止めた」のだ。
「……遅か。拳士のカウンターの方が、まだ『重さ』のあったばい」
力武の瞳に、凶々しい赤光が宿る。
【4】
そこからは、システムと物理の、凄まじい削り合いとなった。
具志堅が零コンマ一秒の隙を突いて十発の「点」を打てば、力武はそれを肉体で耐え凌ぎ、たった一発の「面」の暴力で具志堅のアーマーをひしゃげさせる。
沖縄の『精密な解体』と、長崎の『強引な粉砕』。
伊勢谷がはじき出す予測データは、両者の異常なエネルギー消費によって刻一刻と書き換えられていった。
【5】
「……拳士。あいつらを見て、お前は何を思う」
背後から、竹原が静かに声をかけた。
「具志堅は『最適解』だ。力武は『不条理』だ。……お前が持っている『野生の一秒』は、そのどちらでもない。……その答えが分からん限り、お前は一生、その特等席から降りられんぞ」
拳士は、握りしめた拳が白くなるのを自覚した。
リング上では、具志堅の「双位・カウンター」に対し、力武が「相打ち前提の頭突き」でシステムをバグらせようとしている。
「……俺は……」
包帯の下で、拳士が低く呻く。
「俺はあいつらを、特等席で見学するためにここに来たんじゃねえ……!」




