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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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29/40

砕かれた雅(みやび)

第29話:砕かれたみやび


 【1】

 空気が凍りついたのは、一瞬だった。

 排熱を断ち「無」となった力武の一撃が、中川の完璧な予測網を突き破った。防御が遅れた中川の胸元に、力武の右拳が、そして同時に横から回り込んだ菊池の左拳が、吸い込まれるように叩き込まれた。

 「——しまっ……!?」

 中川の唇から、初めて余裕の消えた動揺が漏れる。だが、もう遅い。二人の拳には、佐世保の造船所で鉄板を叩き続けてきた、岩のような質量と、システムを嘲笑う喧嘩屋の意地が凝縮されていた。

 【2】

 「ガッシャァァァァァァン!!」

 アリーナ全体に、重機が衝突したような金属破壊音が鳴り響いた。

 中川が纏っていた漆黒のアーマー『千年の影』が、着弾点からひび割れ、ガラス細工のように無残に弾け飛ぶ。からくりの防御フィールドさえも、二人の同時打撃シンクロ・ブローが生み出した圧倒的な物理エネルギーの前では、紙切れ同然だった。

 「みやびとか何とか……。そんなもんで、俺たちの重さは計れんばいッ!!」

 力武の咆哮と共に、中川の身体はくの字に折れ曲がり、猛烈な勢いでキャンバスへと叩きつけられた。

 【3】

 衝撃はそれだけでは止まらない。

 叩きつけられた衝撃でリングの床が波打ち、中川のウォッチからは、貯蔵されていた寿命エネルギーが青白い火花となって溢れ出した。

 「あ……、か……」

 かつての京都王者は、もはや扇を振るう余裕など微塵もなく、剥き出しになった生身の体で痙攣し、白目を剥いて沈黙した。

 相棒を失い、完全にリズムを崩した田代もまた、菊池の追撃を浴びて無様にマットを舐めた。

 【4】

 「……テン! 勝者、力武、菊池タッグ!!」

 審判の宣告が、静まり返ったアリーナに響く。

 京都の伝統が、長崎の暴力によって、完膚なきまでに解体された瞬間だった。

 『寿命移譲を完了しました。 +12年』

 力武のウォッチが不気味に輝き、膨大な時間を飲み込んでゆく。だが、力武は勝利の余韻に浸ることなく、自分の拳についた中川のアーマーの破片を、忌々しそうに振り払った。

 【5】

 「……ちっ、手応えのなか。やっぱり鉄板ば叩いとる方が、まだマシばい」

 力武はそう吐き捨てると、担架が運び込まれるリングの上で、一点を見つめた。

 医務室のモニター越しに自分を見つめているであろう、あの男——小松原拳士へ向けて。

 「見たか、広島。……次は、あのか細いワシの首ば、俺がへし折ってやるたい」

 【6】

 医務室のベッドに座る拳士は、握りしめた拳が白くなるほどにモニターを睨みつけていた。

 「……力武の野郎、あんな無茶苦茶な勝ち方があるかよ」

 「——あれが、システムを介さない『命の総量』のぶつかり合いじゃ」

 竹原が、壁に寄りかかりながら静かに言った。

 「拳士。お前は負けた。だが、あいつは勝った。……その差がどこにあるか、死ぬ気で考えろ。……決勝戦まで、まだ『一秒』は残っとるわい」

 2100年11月。

 決勝のカードが決定した。

 システムの頂点、沖縄・具志堅&我那覇。

 システムの破壊者、長崎・力武&菊池。

 敗れ去った拳士の瞳には、絶望ではなく、かつてないほどに研ぎ澄まされた「渇き」が宿っていた。

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