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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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静寂を裂く鉄の唸り

第28話:静寂を裂く鉄の唸り


 【1】

 「……ちっ、捉えきれんばい」

 力武は、荒い呼吸と共にじりじりと後退した。

 放った拳はすべて、中川の指先一つで軌道を逸らされ、空を切る。それどころか、逸らされるたびに『六条の針』がアーマーの隙間を突き、力武の右腕は徐々に感覚を失い始めていた。

 京都バンタム級王者、中川と田代。彼らのボクシングは、戦いというよりは「処刑」に近かった。無駄な動きを一切排除し、相手が力を出せば出すほど、その力を利用して自滅へ追い込む。

 「無意味な抵抗はやめなさい、佐世保の。あなたの拳は、みやびな静寂を汚すノイズに過ぎません」

 中川が、冷徹な美しさを湛えた瞳で力武を見据える。

 【2】

 その時、横で田代の「糸」に翻弄されていた菊池が、血を吐きながら叫んだ。

 「力武ェ! あいつら、俺たちの『動き』ば見とるんじゃなか! アーマーの『排熱』の揺らぎば読みよるったいッ!」

 菊池の叫びに、力武の思考が火花を散らした。

 排熱。からくりアーマーが寿命を燃焼させる際に出る、不可視の熱エネルギー。京都組は、その熱の僅かな揺らぎをセンサーで感知し、攻撃が届くコンマ数秒前にその着弾地点を予測していたのだ。

 「……なるほどな。綺麗か技術にゃ、必ず裏のあっとか」

 力武は、不敵に口の端を吊り上げた。

 【3】

 力武は、ガードを固めてじっと動かなくなった。

 中川が訝しげに眉をひそめる。

 「諦めましたか? 賢明な判断です。……トドメを刺して差し上げましょう」

 中川が、最短距離で『針』を放つべく踏み込んだ。狙いは力武の喉元。

 その瞬間、力武は全寿命を、加速ではなく「冷却」に回した。

 「——今たいッ!!」

 【4】

 アーマーの排熱が、一瞬だけ完全に消失した。

 中川のセンサーが、力武の姿を見失う。予測ラインが消え、中川の指先がわずかに泳いだ。

 そのコンマ数秒の迷い。

 力武は、動かなくなったはずの右腕を、無理やり根性で引き抜いた。

 「計算通りに行かんのが、喧嘩ステゴロの面白かところばいッ!!」

 力武の拳が、排熱を無視した「純粋な物理的質量」として、中川の完璧なガードの内側へ食い込んだ。

 【5】

 「バキィィィィィン!!」

 中川の漆黒のアーマーが、一点に集中した力武の衝撃に耐えきれず、激しい火花を散らしてひび割れた。

 「なっ……馬鹿な、私の予測を……物理的に上回ったというのか!?」

 中川がのけ反り、初めてその優雅な顔を驚愕に歪める。

 隙ができた。

 「菊池ィ! 今ばいッ!!」

 力武の咆哮に応え、糸を振り払った菊池が、田代の背後から「佐世保の鉄槌」を振り下ろそうとしていた。

 【6】

 アリーナの医務室で、拳士はモニターを食い入るように見つめていた。

 「……力武の野郎。からくりの理屈を、力技で壊しやがった」

 「——『静』を破るには、それを上回る『極大の動』か、あるいは『完全なる無』が必要じゃ」

 竹原が、拳士の隣で小さく頷く。

 「あいつは今、一瞬だけ『無』になった。……拳士、お前も今のを見たか?」

 拳士は答えなかった。ただ、自分の右拳をじっと見つめ、具志堅に敗れた「零コンマ一秒」を埋めるための、新たな回路が頭の中で繋がり始めていた。

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