静寂を裂く鉄の唸り
「……ちっ、捉えきれんばい」
力武は荒い呼吸と共に後退した。放った拳はすべて、中川の指先一つで軌道を逸らされ、空を切る。逸らされるたびに「六条の針」がアーマーの隙間を突き、右腕は徐々に感覚を失い始めていた。
「無意味な抵抗はやめなさい、佐世保の。あなたの拳は、雅な静寂を汚すノイズに過ぎません」
中川が冷徹な瞳で力武を見据える。
その時、田代の「糸」に翻弄されていた菊池が、血を吐きながら叫んだ。
「力武ェ! あいつら、俺たちの『動き』ば見とるんじゃなか! アーマーの排熱の揺らぎば読みよるったいッ!」
力武の思考が火花を散らした。
排熱。からくりアーマーが寿命を燃焼させる際に出る、不可視の熱エネルギー。攻撃が届くコンマ数秒前に、その着弾地点を予測される。
「……なるほどな。綺麗か技術にゃ、必ず裏のあっとか」
力武は口の端を吊り上げ、ガードを固めてじっと動かなくなった。
中川が眉をひそめる。「諦めましたか? 賢明な判断です。……トドメを刺して差し上げましょう」
踏み込む。狙いは力武の喉元。
その瞬間、力武は全寿命を、加速ではなく「冷却」に回した。
「——今たいッ!!」
アーマーの排熱が、一瞬だけ完全に消失した。
中川のセンサーが力武の姿を見失う。予測ラインが消え、指先がわずかに泳いだ。
そのコンマ数秒。
力武は動かなくなったはずの右腕を、根性で引き抜いた。
「計算通りに行かんのが、喧嘩の面白かところばいッ!!」
排熱を無視した純粋な物理的質量が、中川の完璧なガードの内側へ食い込んだ。
「バキィィィィィン!!」
漆黒のアーマーが激しい火花を散らしてひび割れた。
「なっ……私の予測を、物理的に上回ったというのか!?」
中川が初めて驚愕に顔を歪める。
「菊池ィ! 今ばいッ!!」
力武の咆哮に応え、糸を振り払った菊池が田代の背後から「佐世保の鉄槌」を振り下ろそうとしていた。
医務室で、拳士はモニターを食い入るように見つめていた。
「……力武の野郎。からくりの理屈を、力技で壊しやがった」
「——お前も今のを見たか?」
竹原が、拳士の隣で小さく頷いた。
拳士は答えなかった。ただ自分の右拳をじっと見つめ、具志堅に敗れた「零コンマ一秒」を埋めるための、新たな回路が頭の中で繋がり始めていた。




