古都の毒、港の鉄
第27話:古都の毒、港の鉄
【1】
二一〇〇年十一月下旬。広島グリーンアリーナ。
「勝者、具志堅、我那覇タッグ」
非情な宣告がアリーナに響き渡る中、小松原拳士と伊勢谷は、担架でリングを下ろされていた。意識は戻ったものの、具志堅に撃ち抜かれた顎と、寿命を無理やり逆流させた肉体は、一歩も歩くことを許さない。
拳士は、視界の端で優勝を確信したように佇む沖縄ペアを、そしてその先に控える「次なる戦い」を、ただ黙って見つめるしかなかった。
(……負けた。……俺の『一秒』が、あいつの『零コンマ一秒』に殺された……)
手首のウォッチには、敗北の対価として『マイナス六年』が刻まれている。残された時間は、もはや数年。ドヤ街の野良犬は、再び死の淵へと引き戻された。
【2】
入れ替わるようにリングへ上がったのは、長崎の力武・菊池ペア、そして京都代表の中川・田代ペアだった。
京都組の二人は、からくりアーマーを纏っているにもかかわらず、その足音は一切聞こえなかった。彼らが纏う『千年の影』は、派手なエフェクトを完全に遮断する漆黒の装甲。
「……気色悪か連中ばい。死人のようなツラしおって」
力武が、生身の拳をボキボキと鳴らしながら睨みつける。
「よかよ、力武。死人なら、そのまま墓場に埋めてやるだけたい」
菊池が不敵に笑うが、その瞳にはこれまでにない警戒が宿っていた。
【3】
ゴングが鳴った。
力武が地を這うような突進を開始する。佐世保のドックで培った、鉄板をも貫く重戦車の衝撃。
「死ねッ、古都の幽霊どもがァッ!!」
だが、中川は動かなかった。力武の巨拳がその顔面を捉える寸前、中川は柳のように体を捻り、力武の腕の「内側」に指先を添えた。
「——『六条の針』」
打撃音はない。ただ、力武のアーマーの隙間から、プシュリと小さな排熱音が漏れた。
「……が……あ……っ!?」
力武の動きが止まった。苦痛ではない。まるで、からくりアーマーの神経系そのものが、外部から「凍結」されたかのような硬直。
【4】
「お粗末。……暴力に理性が伴わぬのは、単なる獣の足掻きに過ぎません」
中川が、扇を畳むような優雅な動作で、力武の鳩尾に掌底を打ち込む。
「グハッ!!」
力武の巨体が、初めて無様に後退した。
京都組の戦法は、伝統的な暗殺拳をシステム的に解釈したものだった。相手の寿命エネルギーの「流れ」を読み取り、最小限の接触でその回路を遮断させる。
『マイナス五ヶ月……一ヶ月……三週間……』
力武のウォッチが、不自然なリズムで刻み込まれる。それは、命を削るというより、命の「結び目」を解いていくような、気味の悪い剥奪だった。
【5】
「力武ェッ!! 何ばしよるとかっ!!」
菊池が我那覇戦を彷彿とさせる狂気で、相棒の窮地に飛び込む。
だが、そこにはもう一人の影、田代が待ち構えていた。
「佐世保の喧嘩屋。……その熱、古都の闇で冷やして差し上げましょう」
田代の手から放たれたのは、からくりエネルギーを視覚化した、無数の「糸」だった。
医務室のモニター越しに、拳士はその光景を凝視していた。
「……力武まで、圧倒されてやがる。なんなんだ、あの京都の連中は……」
「——『静』のボクシングじゃ」
背後で、竹原が静かに言った。
「拳士。お前は『動』の中で一秒を燃やしたが、あいつらは相手の『静止した瞬間』を狩り取る。……力武の鉄板も、針一本で内部から砕かれるというわけよ」
【6】
リング上、力武の咆哮が響く。
「……ふざけんな。……長崎の命ば、そんな綺麗な手つきで触るんじゃなかッ!!」
力武の全身から、再び激しい熱気が噴き出す。
伝統の毒か、鉄の意志か。
主人公を不在にしたリングは、今、さらなる暗い情念の色に染まろうとしていた。




