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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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双位(ダブル)・カウンター

すべてが止まって見えた。

 拳士の右のクロスカウンター。具志堅の左を誘い、その外側から最短距離で顎を撃ち抜く、完璧な「罠」のはずだった。だが、具志堅の瞳には、驚きも動揺もなかった。

 (……こいつの目、最初から俺の拳を『待って』やがったのか!?)

 「——甘いな、広島。君の野生は、まだシステムの予測を越えていない」

 具志堅が呟くのと同時に、アーマー『島風』が聞いたこともないような高周波の駆動音を奏でた。

 具志堅は、拳士のカウンターが放たれる瞬間を「予見」していたのではない。拳士がカウンターを打たざるを得ない状況を自ら作り出し、その初動に、自らもクロスカウンターを合わせたのだ。

 カウンターに対する、カウンター。

 「双位・カウンター」

 二人の拳が、空中で交叉を描く。

 わずか、コンマ数ミリ。零コンマ数秒。

 具志堅の左が、拳士の右よりも「早く」頂点に達した。

 「ガギィィィィン!!」

 金属が砕ける音と、肉が潰れる音が同時に響き渡る。拳士の右拳が具志堅の頬を掠めるよりも早く、具志堅の左が、拳士の左顎に真正面から激突した。

 視界が真っ白に染まる。

 『致命的損傷を検知。寿命、急速消失中——』

 ウォッチが、これまでで最も激しい悲鳴を上げた。『マイナス一年……二年……三年!!』

 一撃で、ベットした寿命のすべてが消し飛びかねない貫通力。拳士の身体は糸の切れた人形のように宙を舞い、マットに叩きつけられた。

 「拳士ィィィィッ!!」

 セコンドの畑山がフェンスに身を乗り出し、喉を血に染めて絶叫する。

 「……残念だよ。君の『一秒』は、俺の『零コンマ一秒』に届かなかった」

 具志堅は熱を帯びた左腕を静かに下ろした。ウォッチの鼓動は変わらず、一定のリズムを刻んでいる。

 マットに沈んだ拳士の意識が、暗い海の底へと落ちてゆく。左顎の感覚がない。立ち上がろうとする指先が、震えている。

 「力武……見たか。あれが、具志堅の『左』たい」

 観客席の菊池が、息を呑んで呟いた。

 「……ああ。広島のガキが、一番信じとった武器を真っ向から叩き折られた。……残酷かばってん、あれが『格差』たい」

 力武は目を細めて拳士を見つめていた。その瞳に、落胆と、わずかな憤りが宿っていた。

 「立て、広島。……俺が叩き潰す前に、あんな綺麗か拳に屈して終わるな……っ!」

 審判のカウントが始まる。

 「ワン、ツー、スリー……」

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