双位(ダブル)・カウンター
第24話:双位・カウンター
【1】
すべてが止まって見えた。
拳士が放った右のクロスカウンター。それは具志堅の左を誘い、その外側から最短距離で顎を撃ち抜く、完璧な「罠」のはずだった。ドヤ街の路地裏で磨き、畑山の熱、竹原の魂を込めた、拳士の全存在を懸けた一撃。
だが、具志堅の瞳には、驚きも動揺もなかった。
(……なんだ。こいつの目、最初から俺の拳を『待って』やがったのか!?)
【2】
「——甘いな、広島。君の野生は、まだシステムの予測を越えていない」
具志堅が呟くのと同時に、彼の左腕のアーマー『島風』が、聞いたこともないような高周波の駆動音を奏でた。
具志堅は、拳士のカウンターが放たれる瞬間を「予見」していたのではない。拳士がカウンターを打たざるを得ない状況を自ら作り出し、その初動に、自らもクロスカウンターを合わせたのだ。
カウンターに対する、カウンター。
「双位・カウンター」
二人の拳が、空中で残酷な交叉を描く。
【3】
わずか、コンマ数ミリ。
時間にして、零コンマ数秒。
具志堅の左が、拳士の右よりも「早く」頂点に達した。
「ガギィィィィン!!」
金属が砕ける音と、肉が潰れる音が同時にアリーナに響き渡る。拳士の右拳が具志堅の頬を掠めるよりも早く、具志堅の左が、拳士の左顎に真正面から激突した。
【4】
衝撃波が脳を揺らし、視界が真っ白に染まる。
『致命的損傷を検知。寿命、急速消失中——』
ウォッチが、これまでで最も激しい悲鳴を上げた。
『マイナス一年……二年……三年!!』
一撃で、ベットした寿命のすべてが消し飛びかねないほどの、圧倒的な貫通力。拳士の身体は、糸の切れた人形のように宙を舞い、マットに叩きつけられた。
「拳士ィィィィッ!!」
セコンドの畑山がフェンスに身を乗り出し、喉を血に染めて絶叫する。
【5】
「……残念だよ。君の『一秒』は、俺の『零コンマ一秒』に届かなかった」
具志堅は、熱を帯びた左腕を静かに下ろした。その動作には一分の乱れもなく、ウォッチの鼓動も変わらず一定のリズムを刻んでいる。
マットに沈んだ拳士の意識は、暗い海の底へと沈んでいくようだった。
(……届かなかった……? 俺の、すべてを乗せた一秒が……)
左顎の感覚がない。折れているのかもしれない。立ち上がろうとする指先が、自分の意志を拒むように震えている。
【6】
「力武……見たか。あれが、具志堅の『左』たい」
観客席の菊池が、息を呑んで呟いた。
「……ああ。広島のガキが、一番信じとった武器を真っ向から叩き折られた。……残酷かばってん、あれが『格差』たい」
力武は、目を細めて拳士を見つめていた。その瞳には、落胆と、そしてわずかながらの「憤り」が宿っていた。
「立て、広島。……俺が叩き潰す前に、あんな綺麗か拳に屈して終わるな……っ!」
審判のカウントが始まる。
「ワン、ツー、スリー……」
静まり返ったアリーナに、死への秒読みが非情に響き渡っていた。




