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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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カンムリワシの左

第23話:カンムリワシの左


 【1】

 2100年11月下旬。広島グリーンアリーナ特設リング。

 準決勝の第一試合、リングに上がった沖縄代表の二人は、これまでのどのペアよりも「静か」だった。

 具志堅と我那覇。

 彼らが纏うのは、羽毛のような極薄のセラミック装甲を幾重にも重ねた超軽量アーマー『島風シマカジ』。派手なエフェクトも、重厚な駆動音もない。ただ、彼らが動くたびに、南国の湿り気を帯びた熱気が、リング上の空気をじっとりと重く変えてゆく。

 「……小松原くん、気をつけたまえ。あの具志堅という男、ウォッチの数値が全く揺れていない」

 伊勢谷が、眉間に皺を寄せて分析結果を告げる。

 「通常、からくりボクサーは興奮や加速で燃焼効率が変動する。だが彼は、心臓の鼓動一つまでシステムで完全に制御コントロールしている……まるで、機械そのものだ」

 「……『カンムリワシ』か。空の上から俺たちを見下ろしてやがるわけだ」

 拳士は、大阪戦で負った脇腹の痛みを堪え、左手を低く構えた。

 【2】

 ゴングが鳴った瞬間、拳士の視界から具志堅の姿が「消えた」。

 次の刹那、拳士の右目の横を、一条の光が通り抜けた。

 「ガッ!!」

 衝撃は、遅れてやってきた。

 左ストレート。

 ただ真っ直ぐに、最短距離を、音速を超えて突き抜ける具志堅の左。ガードの上からでも、ウォッチが『マイナス一ヶ月』を即座に表示する。一撃の重さではない。その「貫通力」が、肉体の中にある寿命の核を直接揺さぶるのだ。

 「……逃げられないよ、広島の狼さん」

 具志堅が、感情の欠落した瞳で静かに言った。

 「俺の左は、獲物が死ぬまで止まらない。……それが、カンムリワシの流儀だ」

 【3】

 具志堅の攻撃は、まさに急降下する猛禽類そのものだった。

 我那覇が、盾のような重厚なガードで伊勢谷の連打を完封し、その隙間に具志堅が「左」をねじ込む。伊勢谷の『削り』すら、我那覇のアーマーが放つ特殊な『吸熱相殺ヒート・キャンセル』によって、エネルギーへと変換されて無効化されてゆく。

 「っ、僕の計算が通じない……! 彼ら、二人の寿命を完全に同期させて、一つの巨大な回路システムを作っているのか!」

 伊勢谷の焦りに、拳士は歯を食いしばった。

 一ラウンドが終わる頃、拳士のウォッチからはすでに一年分の時間が消え失せていた。打たれている実感がない。ただ、具志堅の左が閃くたびに、自分の「存在」が希薄になっていくような、奇妙な感覚。

 【4】

 「拳士! 何をボサっとしとるんじゃッ!!」

 セコンドの畑山が、喉を潰さんばかりに叫ぶ。

 「あいつの左は『点』じゃねえ! 放たれた瞬間に、お前の寿命の『線』を切り裂いとるんだ! 避けようとするな、その線の先を読めッ!」

 畑山の怒鳴り声に、拳士の野性が呼び覚まされる。

 竹原は、リングサイドで静かに酒を煽りながら、具志堅の左を凝視していた。

 「……綺麗な左じゃのう。だが、綺麗すぎる。システムで制御された美しさには、必ず『繋ぎ目』があるわい」

 【5】

 二ラウンド目。

 具志堅は再び、必殺の左を放った。

 拳士は、それをあえて「右頬」で受けに行く動きを見せた。

 「……自暴自棄か?」

 具志堅の左が拳士の顔面を捉えるコンマ数秒前。

 拳士の左手が、具志堅の放ったパンチの「影」——アーマーの排熱スリットから漏れるわずかな蒸気の揺らぎを掴み取った。

 「——捕まえたぜ、ワシ野郎」

 一秒をケチらない。自分の命を代償に、相手の「絶対」を引きずり下ろす。

 拳士の右拳が、具志堅の完璧な制御を撃ち破るべく、下から跳ね上がった。

 「クロスカウンター」

 南国の風が止まり、アリーナに再び、魂がぶつかり合う轟音が鳴り響こうとしていた。

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