カンムリワシの左
2100年11月下旬。広島グリーンアリーナ特設リング。
準決勝の第一試合、リングに上がった沖縄代表の二人は、これまでのどのペアよりも「静か」だった。
具志堅と我那覇。纏うのは、羽毛のような極薄のセラミック装甲を幾重にも重ねた超軽量アーマー『島風』。派手なエフェクトも重厚な駆動音もない。ただ、彼らが動くたびに、南国の湿り気を帯びた熱気が、リング上の空気をじっとりと重く変えてゆく。
「……小松原くん、気をつけたまえ。あの具志堅、ウォッチの数値が全く揺れていない」
伊勢谷が眉間に皺を寄せて言った。「通常、からくりボクサーは興奮や加速で燃焼効率が変動する。だが彼は、心臓の鼓動一つまでシステムで完全に制御している。……機械そのものだ」
「……『カンムリワシ』か。空の上から俺たちを見下ろしてやがるわけだ」
拳士は大阪戦で負った脇腹の痛みを堪え、左手を低く構えた。
ゴングが鳴った瞬間、拳士の視界から具志堅の姿が「消えた」。
次の刹那、右目の横を一条の光が通り抜けた。
「ガッ!!」
衝撃は、遅れてやってきた。左ストレート。最短距離を音速で突き抜ける具志堅の左。ガードの上からでも、ウォッチが『マイナス一ヶ月』を即座に表示する。一撃の重さではない。その「貫通力」が、肉体の中にある寿命の核を直接揺さぶるのだ。
「……逃げられないよ、広島の狼さん」
具志堅が、感情の欠落した瞳で静かに言った。「俺の左は、獲物が死ぬまで止まらない。……それが、カンムリワシの流儀だ」
我那覇が盾のような重厚なガードで伊勢谷の連打を完封し、その隙間に具志堅が「左」をねじ込む。伊勢谷の「削り」すら、我那覇のアーマーが放つ『吸熱相殺』によってエネルギーに変換され、無効化されてゆく。
「っ、僕の計算が通じない……! 二人の寿命を完全に同期させて、一つの巨大な回路を作っているのか!」
一ラウンドが終わる頃、拳士のウォッチからはすでに一年分の時間が消え失せていた。打たれている実感がない。具志堅の左が閃くたびに、自分の「存在」が希薄になっていくような、奇妙な感覚だけがある。
「拳士! 何をボサっとしとるんじゃッ!!」
セコンドの畑山が喉を潰さんばかりに叫ぶ。「あいつの左は『点』じゃねえ! 放たれた瞬間に、お前の寿命の『線』を切り裂いとるんだ! 避けようとするな、その線の先を読めッ!」
竹原はリングサイドで静かに酒を煽りながら、具志堅の左を凝視していた。
「……綺麗な左じゃのう。だが、綺麗すぎる。システムで制御された美しさには、必ず繋ぎ目があるわい」
二ラウンド目。
具志堅が再び、必殺の左を放った。
拳士はそれを「右頬」で受けに行く動きを見せた。
「……自暴自棄か?」
具志堅の左が顔面を捉えるコンマ数秒前。拳士の左手が、アーマーの排熱スリットから漏れるわずかな蒸気の揺らぎを掴み取った。
「——捕まえたぜ、ワシ野郎」
拳士の右拳が、具志堅の完璧な制御を撃ち破るべく、下から跳ね上がった。
クロスカウンター。




