表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/54

静寂のフィナーレ

拳士は、ゆっくりと両腕を下ろした。

 「……なっ、何を考えとるんや、広島ッ!」

 田上が動揺に声を荒らげる。観客席からもどよめきが上がった。無防備に晒された顔面。だが拳士の瞳だけは、田上の拳の軌道を蛇のような執念で見据えていた。

 「死にたいんやな! 望み通り、一瞬で終わらせたるわッ!」

 一秒に十発のジャブが、ガードのない肉体に突き刺さる。打たれるたびに、ウォッチから残りの「年」がこぼれ落ちてゆく。

 『マイナス二ヶ月……マイナス半年……残り寿命、10年を切りました』

 警告音が鳴り響く。だが拳士は一歩も引かない。田上の連打が、わずかにその鋭さを失う瞬間を、打たれながら「待って」いた。

 変化が生じた。

 一秒に十発だったジャブが、九発、八発へと落ちてゆく。寿命を過剰に燃やした反動。アーマーの隙間から噴き出す紫色の蒸気が、どす黒く変色し始めた。

 「はっ……はっ……なんや、このガキ……。なんで、倒れへんのや……!」

 田上の瞳に、初めて「死」への恐怖が浮かぶ。自らの命を切り売りして放つ連打が、目の前の野性を沈められない。その事実が、田上のリズムを根底から狂わせた。

 「——そこだ」

 田上の左ジャブが、疲労によってわずかに外側へ流れた。拳士はその隙間に、自らの頭を滑り込ませた。ノーガードでいたのは、この一瞬の最短距離を確保するためだった。

 「歌い疲れたろ、大阪。……これが、幕引きだッ!」

 拳士の右拳が、田上の下顎を真っ向から撃ち抜いた。スピードを制御できなくなった田上の身体に、全体重とドヤ街で培った絶望のすべてが乗ったクロスカウンターが炸裂する。

 「バギィィィィィィィィン!!」

 衝撃が防護機能を完全に貫通した。下顎から脳へと突き抜ける振動。田上のウォッチが激しく明滅し、ぷつりとその赤い光を失った。

 宙を舞ったのは田上だった。マイクを離した歌手のように、静かにキャンバスへと沈んでいった。

 「……テン! 勝者、小松原拳士、伊勢谷タッグ!!」

 審判の宣告と同時に、耳を刺すような静寂が訪れた。崩れ落ちたアーマーの金属音だけが冷たく響く。

 『寿命移譲を完了しました。+6年』

 膝をついたまま、拳士は隣の伊勢谷を見た。

 「……伊勢谷、ライブは……中止だ」

 「ああ。最高の静寂だったよ、小松原くん」

 畑山がリングに駆け上がり、拳士の頭を乱暴に撫でた。

 「よくやったッ! あんな博打、二度とすんじゃねえぞ、この大馬鹿野郎がッ!」

 畑山の瞳に、熱い涙が滲んでいた。

 観客席で、力武が冷めた目のまま拳を固く握りしめ、席を立った。

 「……見苦しか。でもあのガキの『一秒』、確かに受け取ったばい」

 「力武、次はいよいよ俺たちたい。秋田のドブネズミを、佐世保の海に沈めてやろうや」

 菊池の不敵な笑みが、暗闇の中で白く光った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ